## エピソード44 ### 「触れない温度」
## エピソード44
### 「触れない温度」
それからしばらく、二人のやり取りは不思議なほど静かになった。
消えたわけじゃない。
毎日のように続くわけでもない。
思い出したように、短く届く言葉だけが残っている。
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恒一は、その状態に少しずつ慣れていった。
いや、慣れたというより——
“そういうものだ”と受け入れ始めていた。
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夜勤明けの電車。
窓の外は曇り。
恒一は本を開かない。
代わりに、ただ外を見ている。
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かつては、何かを書かないと落ち着かなかった。
今は違う。
書かなくても、何かが続いている感覚がある。
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スマホが震える。
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夏音:
「今日は少し寒いですね」
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たったそれだけ。
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恒一:
「そうだな」
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それだけ返す。
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会話は終わる。
でも、切れた感じはしない。
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むしろ——
“そこにあるまま”残る。
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夜。
休憩室。
恒一は椅子にもたれながら天井を見ていた。
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「これでいいのか?」
昔なら、きっと不安になっていた。
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でも今は少し違う。
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不安はある。
けれど、焦りではない。
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そのとき、ふと思い出す。
初めて夏音と出会ったスクーリング。
詩を書いたあの日。
あの頃は、言葉が“つながるためのもの”だった。
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今は違う。
言葉は、もう少し静かだ。
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帰り道。
コンビニの前で足を止める。
缶コーヒーを買う。
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ふと、自分の本のことを思い出す。
書店の棚。
手に取る誰か。
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その“誰か”の輪郭が、以前よりぼやけている。
でも消えてはいない。
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スマホが鳴る。
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夏音:
「朝倉さん」
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久しぶりの呼び方。
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恒一:
「なんだよ」
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夏音:
「今の関係、嫌じゃないですか」
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直球だった。
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恒一は少しだけ言葉を探す。
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恒一:
「嫌じゃない」
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即答。
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でも続ける。
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恒一:
「たださ」
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恒一:
「これが何なのかは、まだ分かんねえ」
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既読。
少し間。
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夏音:
「それでいいと思います」
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恒一:
「またそれかよ」
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夏音:
「はい」
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少しだけ笑ってしまう。
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そのとき気づく。
この“またそれかよ”というやり取りが、少しだけ日常になっている。
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距離は遠いのに、消えない。
近くもないのに、離れきらない。
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その中途半端な場所に、今二人はいる。
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恒一は空を見上げる。
雲の隙間に、薄い光。
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「……触れない温度って、こういうことか」
誰にも届かない声で呟く。
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スマホは静かだ。
でも、その静けさは孤独ではなかった。
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ただ、続いているだけの静けさだった。




