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## エピソード41 ### 「残された言葉」

## エピソード41


### 「残された言葉」


 “時間をください”という一文は、そのまま部屋に残った。


 通知は消えない。

 既読も消えない。

 ただ、返事だけが来ない。


---


 恒一は最初、待つことができなかった。


 何度もスマホを開く。

 何度もメッセージ画面を見返す。

 打っては消す。


---


 夜勤明けの電車。


 窓の外は晴れているのに、どこか遠く感じる。


---


「……時間って何だよ」


 小さく呟く。


 答えのない言葉が、頭の中で回り続ける。


---


 その夜。


 休憩室。


 恒一は机にスマホを置いたまま、しばらく動かなかった。


---


 送るべきかどうか分からないメッセージが、画面の中に残っている。


---


恒一:

「待ってる」


---


 たったそれだけ。


 でも送信ボタンは押せなかった。


---


 その代わりに、本を開く。


 自分の詩集。


---


> 言葉は

> いつも少し遅れてやってくる

>

> それでも

> 必ず誰かの時間に届く


---


 ページを見つめる。


「届くって、こういうことなのか?」


 自分に問いかけるように呟く。


---


 翌日。


 施設の廊下。


 同僚が何気なく言う。


「最近、朝倉さん静かですね」


「そうか?」


「なんか、前より遠い感じします」


---


 その言葉に、少しだけ足が止まる。


---


 “遠い”。


 またその言葉だ。


---


 夜。


 帰り道。


 空は曇っている。


---


 スマホが震える。


---


夏音:

「すみません」


---


 短い一言。


---


恒一:

「……遅いよ」


---


 送信してから、少し後悔する。


---


 既読。


 少し間。


---


夏音:

「考えていました」


---


恒一:

「何をだよ」


---


 既読。


 長い沈黙。


---


夏音:

「続けることについてです」


---


 その一文で、胸の奥が少しだけ冷える。


---


恒一:

「続ける?」


---


夏音:

「はい」


---


夏音:

「言葉も、人も」


---


 雨が降り始める。


 駅の明かりが滲む。


---


恒一:

「……続けないってことか?」


---


 既読。


 少し長い間。


---


夏音:

「分かりません」


---


夏音:

「ただ」


---


夏音:

「今のままだと、どちらにもなれない気がしていました」


---


 その言葉で、呼吸が浅くなる。


---


 “どちらにもなれない”。


---


 近づいたはずだった。


 でも今、それは形を失っていく。


---


 スマホを握る手が少しだけ強くなる。


---


恒一:

「じゃあ、どうすればいいんだよ」


---


 既読。


 返事は遅い。


---


 雨音だけが強くなる。


---


夏音:

「……分かりません」


---


 その一言が、やけに正直だった。


---


 恒一は天井を見上げる。


「分からねえのかよ」


 小さく笑う。


 でも、その笑いは乾いている。


---


 その夜から、メッセージはさらに減った。


 途切れたわけではない。


 ただ、“必要なときだけ”になる。


---


 言葉が増えるほど、距離が近づくと思っていた。


 でも違った。


 言葉は、距離の形を変えるだけだった。


---


 そして恒一は気づく。


 この関係は、終わるのでも、続くのでもなく――


 まだ「どこにも決まっていない場所」にいるのだと。


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