## エピソード40 ### 「沈黙の輪郭」
## エピソード40
### 「沈黙の輪郭」
その頃から、夏音からの返信が少しだけ減った。
消えたわけではない。
途切れたわけでもない。
ただ、“間”が伸びた。
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恒一は最初、それを気のせいだと思った。
忙しいだけだろう。
たまたまだろう。
そう思いながら、何度もスマホを開く。
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夜勤明けの電車。
窓の外は曇り。
景色がぼやけて見える。
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通知はない。
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「……考えすぎか」
そう言って、自分を納得させようとする。
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でも、その“沈黙”は少しずつ形を持ちはじめていた。
名前のない不安として。
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その夜。
休憩室。
恒一はいつものようにスマホを開く。
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恒一:
「最近さ」
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少しだけ迷う。
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恒一:
「お前、あんまり返事ないな」
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送信。
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既読。
すぐには返ってこない。
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時計の音。
冷蔵庫のうなり。
遠い廊下の足音。
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ようやく通知。
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夏音:
「すみません」
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短い謝罪。
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恒一:
「謝るなよ」
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即返。
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少し間。
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夏音:
「少し、考えていました」
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恒一:
「何を」
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既読。
長い沈黙。
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夏音:
「言葉についてです」
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その一文で、胸の奥が少しだけ冷える。
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恒一:
「またかよ」
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夏音:
「はい」
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少しだけ、いつもの調子。
でもどこか違う。
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恒一:
「何が言いたいんだよ」
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既読。
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夏音:
「言葉って」
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夏音:
「距離を作ることもあれば」
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夏音:
「距離を壊すこともあります」
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その一文で、息が止まる。
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恒一はスマホを握り直す。
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恒一:
「それ、俺のこと?」
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送信してから、少し後悔する。
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既読。
長い沈黙。
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部屋がやけに静かになる。
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夏音:
「違います」
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短い否定。
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でも、なぜか安心できない。
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夏音:
「ただ」
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夏音:
「近くなりすぎると、見えなくなるものもあるので」
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その言葉で、胸の奥がざわつく。
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恒一:
「見えなくなるって、何だよ」
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既読。
返事は遅い。
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外の雨が強くなる。
窓を叩く音。
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夏音:
「人です」
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その一言。
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短いのに、重い。
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恒一は言葉を失う。
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「人って……」
誰のことだ。
自分か。
相手か。
それとも、この関係そのものか。
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スマホを置く。
少しだけ呼吸が浅い。
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夜。
天井を見ながら、考える。
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近づいたと思っていた。
でも本当は、ずっと“言葉の上”にいただけだったのかもしれない。
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そのとき、ふと気づく。
夏音は最初から、完全には“こちら側”にいなかったのではないか、と。
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画面の向こうの人。
言葉の人。
距離そのものの人。
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スマホが震える。
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夏音:
「朝倉さん」
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久しぶりに名前。
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恒一:
「……なんだよ」
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夏音:
「少しだけ、時間をください」
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その一文で、すべてが静かになる。
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時間。
それは距離よりも重い言葉だった。
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既読のまま、返事はない。
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恒一はスマホを握ったまま、しばらく動けなかった。
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窓の外では、雨が止みかけていた。
でも、何かが終わったわけではなかった。
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ただ、“沈黙の輪郭”だけが、はっきりしていく夜だった。




