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## エピソード36 ### 「君の詩のあとで、」

## エピソード36


### 「君の詩のあとで、」


 イベントが終わったあと、恒一はすぐには帰れなかった。


 書店の外に出ると、夜の空気が少しだけ冷たかった。


 でも、さっきまでの“人の気配”がまだ身体に残っている。


---


 読者の顔。


 目線。


 うなずき。


 静かな拍手。


---


「……あれ、全部本物だったんだな」


 そう呟いて、少しだけ笑う。


---


 そのとき、スマホが鳴る。


---


夏音:

「お疲れさまです」


---


恒一:

「見てたのか?」


---


夏音:

「少しだけ」


---


恒一:

「少しだけって何だよ」


---


夏音:

「ちゃんと見てると、緊張するので」


---


 その返事に、少しだけ肩の力が抜ける。


---


恒一:

「思ったより、悪くなかった」


---


 送信してから、少し間が空く。


---


夏音:

「そう言うと思ってました」


---


恒一:

「なんでだよ」


---


夏音:

「言葉が、ちゃんと届いてたので」


---


 その一文で、胸の奥が静かに動く。


---


 帰り道。


 夜の駅。


 人の流れの中で、恒一はふと思う。


---


 自分はずっと「書く側」だと思っていた。


 でも今日初めて、「読まれる側」でもあることを知った気がした。


---


 その夜。


 久しぶりに一人で本を開く。


 自分の詩。


 でも、今日は少し違う。


---


 そこにいるのは過去の自分だけじゃない。


 どこかで読んでいる誰かの気配が、行間に残っている。


---


> 言葉は

> いつも少し遅れてやってくる

>

> それでも

> 必ず誰かの時間に届く


---


 ページを閉じる。


---


「……ほんとに届いてるんだな」


 小さく呟く。


---


 そのとき、スマホが震える。


---


夏音:

「一つだけ言っていいですか」


---


恒一:

「なんだよ」


---


 少し間。


---


夏音:

「あなたの詩は、たぶんこれからもっと変わります」


---


恒一:

「変わる?」


---


夏音:

「読まれることで、変わります」


---


 その言葉で、少しだけ怖くなる。


---


恒一:

「それって、俺じゃなくなるってことか?」


---


 既読。


 長い沈黙。


---


夏音:

「違います」


---


夏音:

「“あなたが一人じゃなくなる”ってことです」


---


 その一文で、呼吸が止まる。


---


 一人じゃなくなる。


 それは救いなのか、変化なのか。


---


 夜の窓の外。


 街の光が揺れている。


---


 恒一は小さく呟く。


「……重いな、それ」


---


 でも、拒絶はできなかった。


---


 スマホを閉じる。


 静かな部屋。


---


 そして気づく。


 この物語はもう「自分だけのもの」ではなくなっている。


 読者がいて、言葉があって、そしてその間に“誰か”がいる。


---


 夏音という存在もまた、その境界の上に立っている。


---


 恒一は目を閉じる。


---


「君の詩のあとで、」


 その“あと”が、ようやく始まろうとしていた。


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