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## エピソード34 ### 「書けない日」

## エピソード34


### 「書けない日」


 次の本の構想を考え始めてから、恒一は少しだけ壁にぶつかっていた。


 書けない。


 正確には、書いても「これじゃない」と思ってしまう。


---


 夜勤明けの電車。


 スマホのメモ画面には途中の言葉がいくつも残っている。


 どれも悪くはない気がする。


 でも、どれも“続き”にならない。


---


> 言葉は

> いつも少し遅れてやってくる


---


 そこで止まっている。


「……遅すぎるんだよ」


 小さく呟く。


---


 その夜。


 休憩室。


 机に突っ伏しながら、恒一はスマホを開く。


---


恒一:

「最近、書けない」


---


 送信してから、少し後悔する。


 また弱いところを見せた気がした。


---


 すぐに既読。


---


夏音:

「いいですね」


---


恒一:

「どこがだよ」


---


 即返。


---


夏音:

「書けないって、ちゃんと向き合ってる証拠なので」


---


 その一文に、少しだけ肩の力が抜ける。


---


恒一:

「いや、ただ止まってるだけだろ」


---


夏音:

「止まるのも、書くことの一部です」


---


 またそれかよ、と言いかけてやめる。


 もう何度も聞いた言葉。


 でも、今回は少し違って聞こえた。


---


 恒一は天井を見る。


「止まるのも、書くこと……」


---


 その意味を考える。


---


 次の日。


 施設の休憩室。


 同僚が何気なく言う。


「最近、朝倉さん静かですね」


「そうか?」


「なんか考えてる顔してます」


---


 否定できなかった。


---


 夜。


 帰り道。


 コンビニの前で立ち止まる。


 缶コーヒーを買う。


---


 ふと、思う。


 “書けない日”って、何もしていない日じゃない。


 むしろ、ずっと頭の中で言葉が動いている日だ。


---


 スマホを開く。


 メモ。


 新しい行を書く。


---


> 書けない日は

> 何もない日じゃなくて

> 言葉がまだ形になっていない日だ


---


 少しだけ見つめる。


「……これも違う気がする」


 でも、消さない。


---


 そのとき、通知。


---


夏音:

「いいですね」


---


恒一:

「何がだよ」


---


夏音:

「今のままでいいです」


---


 短い返事。


 でも、迷いが少しだけ軽くなる。


---


恒一:

「なあ」


---


夏音:

「はい」


---


恒一:

「俺さ、ちゃんと書けてるのかな」


---


 既読。


 少し長い間。


---


夏音:

「書けてます」


---


恒一:

「根拠は?」


---


夏音:

「止まっても考えてるので」


---


夏音:

「それはもう書く人です」


---


 その言葉で、少しだけ笑ってしまう。


---


 電車が揺れる。


 夜の窓に、自分の顔が映る。


---


 少し疲れている。


 でも、空っぽではない。


---


 恒一は小さく呟く。


「……まだ途中か」


---


 返事はない。


 でも、それでいい気がした。


---


 書けない日も、書いている日も。


 全部が、少しずつ続きになっていく。


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