## エピソード33 ### 「もう一冊の自分」
## エピソード33
### 「もう一冊の自分」
季節がひとつ進んだ頃。
恒一のもとに、編集者から一通の連絡が届いた。
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『次の企画、考えませんか』
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その文字を見た瞬間、胸が少しだけざわつく。
「……もう次かよ」
思わず呟く。
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机の上には、売れ行きの簡単なデータが印刷されている。
大ヒットではない。
でも、確かに読まれている。
静かに広がっているタイプの本だった。
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夜。
恒一は本を開く。
自分の最初の詩集。
ページをめくる手が、少しだけ遅い。
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「これ、もう“過去の俺”なんだよな」
そんな気がしてしまう。
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そのとき、スマホが鳴る。
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夏音:
「次、考えてるんですか」
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恒一:
「まあな」
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夏音:
「早いですね」
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恒一:
「出版社がうるさい」
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少し間。
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夏音:
「どんな本にするんですか」
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恒一:
「分かんねえ」
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正直な返事。
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恒一:
「正直、最初のやつ以上のもん書ける気がしない」
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送信してから、少しだけ後悔する。
また弱音だ。
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既読。
少し長い間。
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夏音:
「“以上”って考えなくていいと思います」
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恒一:
「どういう意味だよ」
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夏音:
「一冊目の続きじゃなくていいってことです」
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夏音:
「別の自分の記録でもいいので」
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その言葉で、少しだけ視界が変わる。
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恒一は窓の外を見る。
夜の街。
同じようで、少しずつ違う景色。
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恒一:
「別の自分、か……」
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小さく呟く。
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そのときふと思う。
最初の本は、“書けなかった自分が書けるようになった記録”だった。
では次は何だ?
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夜勤明け。
帰りの電車。
恒一はスマホを開き、メモを開く。
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しばらく空白。
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そして、ゆっくり打ち始める。
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> 書くことは
> 自分を説明することじゃない
>
> どこに向かっているかも分からないまま
> ただ残っていくことだ
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手を止める。
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「……これでいいのか?」
分からない。
でも、消さない。
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そのとき、ふと思い出す。
夏音の言葉。
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「分からないまま続けてるものの方が、長く残ることがあります」
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少しだけ笑う。
「またそれかよ」
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でも、今回は否定しなかった。
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夜勤明けの朝。
恒一は電車を降りる。
外は少しだけ明るい。
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スマホを見る。
メモは残っている。
まだ途中のまま。
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それを見て、ゆっくり歩き出す。
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“もう一冊の自分”。
それはまだ形になっていない。
でも確かに、始まりだけはそこにあった。




