## エピソード3 ### 「それでも、先生になりたい」
## エピソード3
### 「それでも、先生になりたい」
入学式の帰り道。
恒一は駅までの坂をゆっくり歩いていた。
さっきの言葉が、頭の中で何度も反響している。
「詩を書くの、好きなんです」
たったそれだけの言葉なのに、
やけに重く残っていた。
ホームに着くと、
人の流れに流されるように電車へ乗る。
窓際の席。
夕方の光が差し込んでいた。
その光の中で、
ふとさっきのノートの一文を思い出す。
> 春は、
> 置いていかれた人が、前を向く季節
置いていかれた人。
その言葉が刺さる。
自分もそうだった気がした。
高校を出て、
すぐ働いて。
気づけば28歳。
周りは大学、恋愛、就職。
自分だけ、ずっと現場だった。
「置いていかれた……か」
小さく呟く。
でも、不思議と嫌な気持ちではなかった。
むしろ、
その言葉に少し救われた気がした。
---
電車が揺れる。
スマホが震えた。
施設からの連絡だった。
『夜勤明けですが、明日急遽早番お願いできますか?』
恒一は画面を見つめる。
少しだけ迷う。
でもすぐに返信する。
『大丈夫です』
いつものことだった。
仕事を断るのは、苦手だった。
電車の窓に映る自分は、
やっぱり疲れていた。
それでも――
今日は少しだけ違った。
大学に行った。
入学式に出た。
そして、
あの詩を見た。
それだけで、
何かが変わった気がしていた。
---
夜。
施設の休憩室。
恒一は椅子に深く座り、
天井を見上げていた。
眠い。
でも眠れない。
スマホを取り出す。
真っ白なメモアプリ。
指が止まる。
「……何書けばいいんだ」
詩。
あの女の子が書いていたもの。
自分には無理だと思っていた。
でも。
ふと、
さっきの言葉が浮かぶ。
> 置いていかれた人が、前を向く季節
ゆっくりと、文字を打ち始めた。
---
> 仕事帰りの電車は
> いつも少しだけ遠く感じる
>
> 眠いのか
> 心が疲れているのか
> それすらわからない
>
> それでも今日
> 大学に行った
>
> 知らない場所で
> 知らない言葉を見た
>
> それだけで
> 少しだけ
> 前を向けた気がした
---
打ち終わってから、
恒一はしばらく画面を見つめていた。
「……これ、詩って言えるのか?」
わからない。
でも消さなかった。
そのままスマホを置く。
目を閉じる。
眠気がゆっくり降りてくる中で、
今日見た彼女の顔が浮かんだ。
黒髪。
静かな声。
ノートに書かれた言葉。
そして。
「詩を書くの、好きなんです」
その言葉だけが、
やけに優しく響いていた。




