## エピソード28 ### 「返ってきた言葉」
## エピソード28
### 「返ってきた言葉」
本が出てから二週間が過ぎた頃。
恒一は、少しだけ“日常に戻りかけていた”。
忙しさは変わらない。
夜勤は続く。
疲れも減らない。
それでも違うのは――
スマホの中に、知らない声が増えたことだった。
---
夜勤明けの電車。
いつもの窓際。
恒一は無意識に通知を開く。
---
『本、読みました』
『自分のことかと思いました』
『短いのに、ずっと残ってます』
---
指が止まる。
息が少しだけ浅くなる。
---
「……ほんとに読まれてるんだな」
今さらの実感。
---
その中に、一通だけ少し違うものがあった。
---
『介護の仕事をしながら書いていると知って、驚きました』
『自分も仕事が辛い時に読んでいます』
『救われたのは、こちらの方です』
---
恒一は窓の外を見る。
流れていく景色。
でも頭の中は止まっている。
---
「救われたのは、こっちの方」
その言葉が、胸に残る。
---
その夜。
休憩室。
スマホを握ったまま、恒一はしばらく動けなかった。
そして、夏音に送る。
---
恒一:
「なあ」
---
夏音:
「はい」
---
恒一:
「本、読んでくれてる人さ」
---
夏音:
「はい」
---
恒一:
「“救われた”って言うんだよ」
---
少し間。
---
夏音:
「いいですね」
---
恒一:
「いいのか?」
---
夏音:
「いいです」
---
夏音:
「それ、ちゃんと循環してるってことなので」
---
循環。
その言葉に引っかかる。
---
恒一:
「循環って何だよ」
---
夏音:
「書く人がいて」
「読む人がいて」
「また書く人がいる」
---
夏音:
「それだけです」
---
画面を見つめる。
静かすぎる説明。
でも、やけに納得してしまう。
---
そのとき、恒一は思い出す。
最初の頃の自分。
誰にも届かないと思っていた詩。
---
今は違う。
届いてしまっている。
---
恒一:
「俺さ」
---
夏音:
「はい」
---
恒一:
「まだ自分の書いてるもの、よく分かってないんだよ」
---
既読。
少し間。
---
夏音:
「それでいいと思います」
---
恒一:
「またそれかよ」
---
夏音:
「でも本当です」
---
夏音:
「分からないまま続けてるものの方が、長く残ることあります」
---
その言葉で、少しだけ肩の力が抜ける。
---
窓の外は夜明け前。
薄い青。
---
恒一は小さく呟く。
「……俺、まだ途中か」
---
返信はしない。
ただ画面を閉じる。
---
電車が揺れる。
人が少しずつ増えていく。
---
その中で恒一は気づく。
“本が出た自分”は終わりではなく、ただの通過点だったことに。
---
そしてその先にあるのは、評価でも成功でもなく――
まだ続いていく言葉そのものだった。




