## エピソード24 ### 「君の詩のあとで」
## エピソード24
### 「君の詩のあとで」
本の制作が本格的に動き出してから、時間の流れは妙に速くなった。
原稿整理。
順番の確認。
校正ゲラ。
気づけば、恒一の詩は「作品」として扱われていた。
---
夜勤明けの朝。
帰宅して机に座ると、印刷されたゲラが置かれている。
表紙にはまだ仮のタイトル。
「君の詩に、救われた」
その文字を見て、少しだけ息が詰まる。
---
「……ほんとに、本になるんだな」
声に出すと、現実味が少しだけ増した。
---
ページをめくる。
見慣れた言葉。
でも、紙になると違って見える。
誰かの手に渡るもの。
そう思うと、少し怖い。
---
そのとき、スマホが鳴る。
---
夏音:
「ゲラ、見ました?」
---
恒一:
「今見てる」
---
夏音:
「どうですか」
---
恒一:
「なんか……恥ずかしい」
---
少し間。
---
夏音:
「いいと思います」
---
恒一:
「またそれかよ」
---
夏音:
「でも本当です」
---
画面の向こうの声は、いつも通り落ち着いている。
---
恒一:
「お前さ」
---
夏音:
「はい」
---
恒一:
「これ読んだ人、どう思うと思う?」
---
少し間。
---
夏音:
「“自分のことかもしれない”って思う人、いると思います」
---
その一文で、胸が静かに動く。
---
恒一は窓の外を見る。
朝の光。
眠気。
静かな部屋。
---
「自分のことかもしれない」
それは、ずっと求めていたものだったのかもしれない。
---
その夜。
施設の休憩室。
同僚が何気なく言った。
「朝倉さん、本出すんでしょ?」
「……なんで知ってんだよ」
「噂になってますよ。詩の人だって」
---
少しだけ笑われる。
でも、嫌ではなかった。
---
帰り道。
駅のホーム。
恒一はふと立ち止まる。
---
もし本が出たら。
もし誰かが読むなら。
そのとき、自分は何になるのだろう。
---
ただの介護士か。
詩を書く人か。
先生なのか。
どれでもなくていい気もする。
---
スマホを開く。
夏音に送る。
---
恒一:
「なあ」
---
夏音:
「はい」
---
恒一:
「本出たら、終わりなのかな」
---
既読。
少し間。
---
夏音:
「終わりじゃないです」
---
夏音:
「“読まれるところから始まるもの”だと思います」
---
その言葉で、静かに納得する。
---
電車が来る。
風が吹く。
---
恒一は小さく笑った。
「……やっぱお前、ずるいな」
---
でもその“ずるさ”が、今は少しだけ心地よかった。
---
電車に乗る。
窓の外は、もう朝ではなく“日常”になっている。
---
その中で恒一は気づく。
自分の詩は、もう自分だけのものではない。
誰かの記憶の中に入り始めている。
---
そしてその瞬間から、物語は少しだけ形を変える。
“書く人”から、“届いた人”へ。




