## エピソード22 ### 「本になる日」
## エピソード22
### 「本になる日」
それは、何でもない春の日だった。
夜勤明けの恒一は、いつものように電車で帰っていた。
窓の外は淡い青。
街はまだ完全に目を覚ましていない。
スマホの通知が鳴る。
知らない番号からのメール。
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『はじめまして。○○出版の編集部です』
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一瞬、意味が分からなかった。
「……出版?」
声が漏れる。
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続きがあった。
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『SNSで投稿されている詩を拝見しました』
『短い言葉ですが、非常に印象に残りました』
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心臓が少し速くなる。
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『一度、お話をお伺いできないでしょうか』
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恒一はしばらく画面を見つめたまま動けなかった。
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「……嘘だろ」
誰にも届かないと思っていたもの。
ただのメモだと思っていたもの。
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電車が駅に着く。
ドアが開く。
人が流れていく。
でも恒一は立ち上がれない。
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ようやく返信を打つ。
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恒一:
「本当に、あの詩ですか?」
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少し間。
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『はい。朝倉様の投稿で間違いありません』
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胸の奥がじわりと熱くなる。
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その夜。
休憩室。
恒一はスマホを握ったまま天井を見ていた。
「本……?」
まだ実感がない。
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そのとき、夏音にメッセージを送る。
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恒一:
「なあ」
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夏音:
「はい」
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恒一:
「出版社から連絡きた」
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少し間。
既読。
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夏音:
「……すごいですね」
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それだけだった。
でも、その短さに驚きはなかった。
むしろ、自然だった。
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恒一:
「俺の詩が、本になるかもしれないって」
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送信してから、少し怖くなる。
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既読。
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夏音:
「なると思ってました」
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即答だった。
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恒一:
「なんでそんな簡単に言えるんだよ」
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夏音:
「だって、届いてましたから」
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その一文で、全てが静かに繋がる。
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夜勤明けの帰り道。
恒一は空を見上げた。
少し眩しい朝。
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「本か……」
口にしてみる。
まだ現実じゃない。
でも、もう夢でもない。
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スマホを握る。
メモアプリを開く。
そこには今までの詩が並んでいる。
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> 夜勤明けの電車は
> 少しだけ静かだ
>
> それでも
> どこかに行きたいと思っている
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> 言葉にできない感情が
> まだここにある
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それを見て、少し笑う。
「こんなのでいいのかよ」
でも、答えはもう知っている。
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そのとき、ふと思う。
夏音がいなければ、書いていなかったかもしれない。
でも同時に気づく。
書き続けていたのは、自分だ。
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電車が揺れる。
朝の光の中で、恒一は小さく呟いた。
「……本になるんだな」
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その言葉は、誰にも届かない。
でも確かに、“未来の現実”に触れていた。




