## エピソード21 ### 「名前のない未来」
## エピソード21
### 「名前のない未来」
あのDMのやり取りのあとも、日常は大きくは変わらなかった。
介護の仕事。
夜勤。
電車。
そして、少しの詩。
ただひとつだけ違うのは、「誰かに届いている」という実感が、もう疑いじゃなくなっていたことだった。
---
ある雨の日。
施設の休憩室で、恒一はスマホを見ていた。
詩の投稿は続いている。
派手な反応はない。
でも、確かに読まれている。
---
そのとき、施設の新人職員が入ってきた。
「朝倉さんって、詩書いてる人ですよね?」
突然の言葉に、恒一は固まる。
「……え?」
「SNS見ました。たまたま流れてきて」
あっさりと言われる。
---
胸が少しだけざわつく。
仕事の場で知られるのは、まだ慣れていない。
「いや、あれは……趣味みたいなもんで」
いつもの逃げる言い方が出る。
---
新人は少し笑った。
「でも、なんかいいですね。ああいうの」
「そうか?」
「はい。ちゃんと“人”って感じがして」
---
その言葉が、少しだけ残った。
---
夜勤明け。
帰りの電車。
恒一は窓の外を見ながら考えていた。
「人、か……」
自分の詩は、上手くなりたいものではない。
でも、誰かに“人”として見られるものにはなっている。
---
駅に着く。
ホームを歩きながら、ふと思う。
夏音は今、どこで何を書いているのだろう。
もう連絡は頻繁ではない。
それでも、完全に消えたわけでもない。
---
その夜。
久しぶりに夏音からメッセージが来る。
---
夏音:
「元気ですか」
---
短い。
でも、それで十分だった。
---
恒一:
「ぼちぼち」
---
既読。
---
夏音:
「詩、続いてますか?」
---
恒一:
「続いてる」
---
少し間。
---
夏音:
「いいですね」
---
また短い。
でも、昔と違う重みがある。
---
恒一:
「そっちは?」
---
既読。
---
夏音:
「書いてます」
---
夏音:
「でも最近、“ちゃんとした作品”って何だろうって考えてます」
---
その言葉に、恒一は少しだけ笑う。
---
恒一:
「まだ迷ってんのかよ」
---
送信。
---
既読。
少し間。
---
夏音:
「迷ってるというより」
---
夏音:
「終わらない感じです」
---
その一文で、胸の奥が静かに鳴る。
---
終わらない。
書くことは、終わりがない。
---
恒一はスマホを見つめる。
ふと気づく。
あの頃のような「答え」を求める気持ちは、少し薄れている。
代わりにあるのは、“続いていくことそのもの”への感覚だった。
---
恒一:
「じゃあ、俺もまだ終わってないな」
---
送信。
---
既読。
---
夏音:
「ですね」
---
それだけだった。
でも、それで十分だった。
---
窓の外は雨。
街の光がにじんでいる。
---
恒一は小さく呟く。
「名前のない未来か……」
---
先生になるでもない。
本を書くでもない。
詩人と呼ばれるわけでもない。
---
でも確かにそこにいる。
書き続ける人間として。
---
そして、その“途中”のまま生きていくことが、もう怖くはなかった。




