表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/101

## エピソード21 ### 「名前のない未来」

## エピソード21


### 「名前のない未来」


 あのDMのやり取りのあとも、日常は大きくは変わらなかった。


 介護の仕事。

 夜勤。

 電車。

 そして、少しの詩。


 ただひとつだけ違うのは、「誰かに届いている」という実感が、もう疑いじゃなくなっていたことだった。


---


 ある雨の日。


 施設の休憩室で、恒一はスマホを見ていた。


 詩の投稿は続いている。


 派手な反応はない。


 でも、確かに読まれている。


---


 そのとき、施設の新人職員が入ってきた。


「朝倉さんって、詩書いてる人ですよね?」


 突然の言葉に、恒一は固まる。


「……え?」


「SNS見ました。たまたま流れてきて」


 あっさりと言われる。


---


 胸が少しだけざわつく。


 仕事の場で知られるのは、まだ慣れていない。


「いや、あれは……趣味みたいなもんで」


 いつもの逃げる言い方が出る。


---


 新人は少し笑った。


「でも、なんかいいですね。ああいうの」


「そうか?」


「はい。ちゃんと“人”って感じがして」


---


 その言葉が、少しだけ残った。


---


 夜勤明け。


 帰りの電車。


 恒一は窓の外を見ながら考えていた。


「人、か……」


 自分の詩は、上手くなりたいものではない。


 でも、誰かに“人”として見られるものにはなっている。


---


 駅に着く。


 ホームを歩きながら、ふと思う。


 夏音は今、どこで何を書いているのだろう。


 もう連絡は頻繁ではない。


 それでも、完全に消えたわけでもない。


---


 その夜。


 久しぶりに夏音からメッセージが来る。


---


夏音:

「元気ですか」


---


 短い。


 でも、それで十分だった。


---


恒一:

「ぼちぼち」


---


 既読。


---


夏音:

「詩、続いてますか?」


---


恒一:

「続いてる」


---


 少し間。


---


夏音:

「いいですね」


---


 また短い。


 でも、昔と違う重みがある。


---


恒一:

「そっちは?」


---


 既読。


---


夏音:

「書いてます」


---


夏音:

「でも最近、“ちゃんとした作品”って何だろうって考えてます」


---


 その言葉に、恒一は少しだけ笑う。


---


恒一:

「まだ迷ってんのかよ」


---


 送信。


---


 既読。


 少し間。


---


夏音:

「迷ってるというより」


---


夏音:

「終わらない感じです」


---


 その一文で、胸の奥が静かに鳴る。


---


 終わらない。


 書くことは、終わりがない。


---


 恒一はスマホを見つめる。


 ふと気づく。


 あの頃のような「答え」を求める気持ちは、少し薄れている。


 代わりにあるのは、“続いていくことそのもの”への感覚だった。


---


恒一:

「じゃあ、俺もまだ終わってないな」


---


 送信。


---


 既読。


---


夏音:

「ですね」


---


 それだけだった。


 でも、それで十分だった。


---


 窓の外は雨。


 街の光がにじんでいる。


---


 恒一は小さく呟く。


「名前のない未来か……」


---


 先生になるでもない。

 本を書くでもない。

 詩人と呼ばれるわけでもない。


---


 でも確かにそこにいる。


 書き続ける人間として。


---


 そして、その“途中”のまま生きていくことが、もう怖くはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ