表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/101

## エピソード20 ### 「君の詩に、救われた」

## エピソード20


### 「君の詩に、救われた」


 卒業から三か月後。


 恒一の生活は、また少し違う形になっていた。


 介護の仕事は続いている。

 大学という“締め切り”はなくなった。


 それなのに、不思議と時間は空かない。


 むしろ、静かだった。


---


 夜勤明けの電車。


 いつもの窓際の席。


 恒一はスマホを開く癖がまだ抜けない。


 メモアプリ。


 空白。


 もう“書かなきゃいけないもの”はない。


 でも、“書きたいもの”はまだ残っている。


---


> 朝が来る前の電車は

> 少しだけ世界が遅い

>

> 自分だけが先に起きているような気がする

>

> それでも

> ちゃんと帰っている


---


 書いて、少しだけ画面を見つめる。


「……まだ書けるんだな」


 小さく呟く。


---


 そのとき。


 通知が鳴った。


---


 知らない番号からのDM。


---


『はじめまして』


---


 短い一行。


 続きがあった。


---


『あなたの詩を見て、ずっと読んでいました』


---


 恒一は少しだけ背筋を伸ばす。


---


『実は、あの時の“救われた”って送った人です』


---


 心臓が一瞬止まる。


---


『あの詩がなかったら、多分あの時期を乗り越えられなかったです』


---


 画面が少し滲んで見えた。


---


『ずっと言えなかったんですが』


---


『本当にありがとうございました』


---


 恒一はしばらく動けなかった。


---


「……あの人か」


 夜勤明けの帰り道で、たった一言くれた誰か。


 “救われた”と言った誰か。


---


 手が少し震える。


 返信を打つ。


---


恒一:

「こちらこそ、読んでくれてありがとう」


---


 少し間。


 そして、もう一行。


---


恒一:

「正直、まだ自分の書いてるものが何か分かってないです」


---


 送信。


---


 すぐに既読。


---


『それでいいと思います』


---


『分かってないまま書いてる言葉が、一番届くことあるので』


---


 その一文で、胸の奥が静かに揺れた。


---


 恒一はスマホを握ったまま、窓の外を見る。


 朝の光。


 もうすぐ現実に戻る時間。


---


 そのとき、不意に思い出す。


 夏音の言葉。


---


「書いてる時点で、もう書く人です」


---


 あの頃の自分は、まだ疑っていた。


 でも今は少し違う。


---


 スマホをもう一度見る。


 空白のメモ。


 そして、指を動かす。


---


> 君の詩に

> 救われたと言われた

>

> でもたぶん

> 本当に救われていたのは

> 書いていた自分の方だった


---


 打ち終えて、少しだけ笑う。


「……なんだこれ」


 でも、消さなかった。


---


 電車が駅に着く。


 ドアが開く。


 人が流れ出す。


---


 恒一はゆっくり立ち上がる。


 いつもの朝。


 いつもの仕事。


 それでも、少しだけ違う。


---


 自分の言葉が、誰かの中に残っている世界。


 そしてその世界の中で、自分もまだ書いている。


---


 恒一は小さく呟いた。


「……これが、続いていくってことか」


---


 誰にも届かない声だった。


 でも確かに、その朝を変えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ