## エピソード20 ### 「君の詩に、救われた」
## エピソード20
### 「君の詩に、救われた」
卒業から三か月後。
恒一の生活は、また少し違う形になっていた。
介護の仕事は続いている。
大学という“締め切り”はなくなった。
それなのに、不思議と時間は空かない。
むしろ、静かだった。
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夜勤明けの電車。
いつもの窓際の席。
恒一はスマホを開く癖がまだ抜けない。
メモアプリ。
空白。
もう“書かなきゃいけないもの”はない。
でも、“書きたいもの”はまだ残っている。
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> 朝が来る前の電車は
> 少しだけ世界が遅い
>
> 自分だけが先に起きているような気がする
>
> それでも
> ちゃんと帰っている
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書いて、少しだけ画面を見つめる。
「……まだ書けるんだな」
小さく呟く。
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そのとき。
通知が鳴った。
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知らない番号からのDM。
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『はじめまして』
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短い一行。
続きがあった。
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『あなたの詩を見て、ずっと読んでいました』
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恒一は少しだけ背筋を伸ばす。
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『実は、あの時の“救われた”って送った人です』
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心臓が一瞬止まる。
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『あの詩がなかったら、多分あの時期を乗り越えられなかったです』
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画面が少し滲んで見えた。
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『ずっと言えなかったんですが』
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『本当にありがとうございました』
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恒一はしばらく動けなかった。
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「……あの人か」
夜勤明けの帰り道で、たった一言くれた誰か。
“救われた”と言った誰か。
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手が少し震える。
返信を打つ。
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恒一:
「こちらこそ、読んでくれてありがとう」
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少し間。
そして、もう一行。
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恒一:
「正直、まだ自分の書いてるものが何か分かってないです」
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送信。
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すぐに既読。
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『それでいいと思います』
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『分かってないまま書いてる言葉が、一番届くことあるので』
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その一文で、胸の奥が静かに揺れた。
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恒一はスマホを握ったまま、窓の外を見る。
朝の光。
もうすぐ現実に戻る時間。
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そのとき、不意に思い出す。
夏音の言葉。
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「書いてる時点で、もう書く人です」
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あの頃の自分は、まだ疑っていた。
でも今は少し違う。
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スマホをもう一度見る。
空白のメモ。
そして、指を動かす。
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> 君の詩に
> 救われたと言われた
>
> でもたぶん
> 本当に救われていたのは
> 書いていた自分の方だった
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打ち終えて、少しだけ笑う。
「……なんだこれ」
でも、消さなかった。
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電車が駅に着く。
ドアが開く。
人が流れ出す。
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恒一はゆっくり立ち上がる。
いつもの朝。
いつもの仕事。
それでも、少しだけ違う。
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自分の言葉が、誰かの中に残っている世界。
そしてその世界の中で、自分もまだ書いている。
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恒一は小さく呟いた。
「……これが、続いていくってことか」
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誰にも届かない声だった。
でも確かに、その朝を変えていた。




