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## エピソード18 ### 「離れたくない」

## エピソード18


### 「離れたくない」


 冬の入り口。


 大学の掲示板に貼られた一枚の紙が、恒一の足を止めた。


「卒業予定者向けガイダンス」


 その文字を見た瞬間、胸の奥が少しだけざわつく。


「……もう、そんな時期か」


---


 気づけば、夏も秋も越えていた。


 詩を書き始めた春から、もう時間が流れている。


 介護の仕事。

 通信制大学。

 夜勤。

 レポート。

 そして、詩。


 その全部が、当たり前になっていた。


---


 夜。


 いつものようにスマホを開く。


 夏音とのメッセージ。


 最近は少しだけ間隔が空いている。


 それが、逆に気になっていた。


---


恒一:

「もうすぐ卒業なんだって」


---


 既読。


 少し間。


---


夏音:

「そうですね」


---


 たったそれだけ。


 いつも通りの短い返事。


 でも今日は、その短さが少し違って見えた。


---


恒一:

「お前は、これからどうするんだ?」


---


 送信してから、少し後悔する。


 踏み込みすぎたかもしれない。


---


 既読。


 長い間。


---


夏音:

「……私、実は」


---


 そこで一度止まる。


 恒一は画面を見つめたまま動けない。


---


夏音:

「この大学、もう終わるんです」


---


 心臓が少しだけ跳ねた。


---


恒一:

「終わるって……卒業?」


---


夏音:

「はい」


---


 その一言で、静かに現実が落ちてくる。


---


 しばらく返事ができなかった。


---


恒一:

「じゃあ、これからは……」


---


 打ちかけて、消す。


 何を聞けばいいのか分からない。


---


 既読。


 少し間。


---


夏音:

「たぶん、もうあまり会えないと思います」


---


 その言葉が、やけに冷たく響いた。


---


 でも次の一文は、もっと静かだった。


---


夏音:

「でも、終わるのは悪いことじゃないです」


---


夏音:

「ちゃんと前に進むってことなので」


---


 恒一はスマホを握りしめる。


 胸の奥が、少しだけ苦しい。


---


恒一:

「前に進むって……どこにだよ」


---


 送信してから、後悔する。


---


 既読。


 少し間。


---


夏音:

「分からないです」


---


夏音:

「でも、書くことは続けます」


---


 その言葉で、少しだけ救われる。


---


 恒一は窓の外を見る。


 冬の夜は早い。


 街の明かりが滲んでいる。


---


恒一:

「なあ」


---


恒一:

「離れたくないって言ったら、困る?」


---


 送信した瞬間、手が止まる。


 やってしまったと思う。


---


 既読。


 長い沈黙。


---


 心臓の音だけがやけに大きい。


---


夏音:

「困りません」


---


 短い返事。


---


 そして、少しだけ続く。


---


夏音:

「でも、それは“今の気持ち”ですよね」


---


 その一文で、現実に引き戻される。


---


 恒一は黙る。


 その通りだった。


 今、離れたくないだけ。


---


 少しして、夏音からもう一通。


---


夏音:

「私はたぶん、離れても書きます」


夏音:

「でも、あなたも書いてくれるなら、それでいいです」


---


 その言葉で、息が少しだけ楽になる。


---


 恒一は小さく呟く。


「……ずるいな」


---


 それでも、少し笑ってしまった。


---


 窓の外では、冬の風が街を流れている。


 何かが終わる気配と、何かが始まる気配が、同時にそこにあった。


---


 そして恒一は初めて理解する。


 これは“別れ”ではなく、

 “それぞれが自分の言葉で生きていく始まり”なのだと。


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