## エピソード17 ### 「夏音の秘密」
## エピソード17
### 「夏音の秘密」
教育実習が終わった翌週。
恒一は、どこか抜け殻のような時間を過ごしていた。
忙しさが一段落したはずなのに、心だけが落ち着かない。
あの教室。
子どもたちの声。
夕焼けの校庭。
全部がまだ、頭の中に残っている。
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夜。
いつものようにスマホを開く。
夏音とのメッセージ履歴。
少しスクロールする。
最近は詩の話より、実習の話が多かった。
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恒一:
「今日、授業やってきた」
夏音:
「おつかれさまです」
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恒一:
「正直ボロボロだった」
夏音:
「それでも立ってたなら十分です」
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短いやり取り。
でも、それで十分だった。
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そのとき。
ふと違和感が残る。
いつもなら、もう少し返事が早い。
今日は少し遅い。
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数分後、ようやく通知。
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夏音:
「少しだけ、話してもいいですか」
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恒一はすぐに返す。
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恒一:
「どうした?」
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少し間。
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夏音:
「私、昔ちょっとだけ学校に行けなかった時期があって」
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その一文で、指が止まる。
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画面を見つめる。
いつもの夏音と違う空気。
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夏音:
「人と話すのが怖くて」
「教室に入るだけで、息が苦しくなって」
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恒一は何も返せない。
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夏音:
「でも、その時に“詩”だけは書けたんです」
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静かに続く。
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夏音:
「誰にも見せない言葉だけは、出せたから」
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胸の奥が少しだけ締め付けられる。
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恒一:
「そうだったんだな」
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短くしか返せない。
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夏音:
「だから今でも、詩を書いてるのかもしれません」
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少し間。
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夏音:
「書いてると、自分が消えない気がするので」
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その言葉が、重かった。
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恒一は画面を見つめたまま動けない。
“書く理由”が、今までと違って見えた。
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恒一:
「今はもう、大丈夫なのか?」
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既読。
少し長い沈黙。
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夏音:
「大丈夫かどうかは、よく分からないです」
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夏音:
「でも、ここにはいます」
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その一文に、少しだけ安心する。
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恒一は窓の外を見る。
夜の街。
静かな光。
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恒一:
「俺さ」
「お前の詩に、救われてる気がする」
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送信してから、少し恥ずかしくなる。
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既読。
すぐに返事は来なかった。
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数分後。
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夏音:
「それなら、よかったです」
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それだけだった。
でも、それ以上はいらなかった。
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恒一は小さく息を吐く。
「……あいつも、ちゃんと人間なんだな」
当たり前のことなのに、今さら気づいた。
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その夜。
恒一は久しぶりにノートを開く。
何も考えず、ペンを走らせる。
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> 書くことは
> 誰かを救うことじゃなくて
> 自分が消えないためのものかもしれない
>
> それでも
> 誰かに届くなら
> それは少しだけ救いになる
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書き終えて、手を止める。
窓の外は静かだった。
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その時、恒一は思う。
夏音は“救われた側”でもあり、
同時に“救い続けている側”なのかもしれない、と。
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そして初めて気づく。
この関係は、ただの出会いじゃない。
お互いの“言葉の理由”になり始めていることに。




