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## エピソード15 ### 「本を出したい」

## エピソード15


### 「本を出したい」


 秋の風が少し冷たくなった頃。


 恒一は、いつもの帰り道で立ち止まった。


 駅前の自販機の前。


 缶コーヒーを買う指が、少しだけ迷う。


 最近、考えてしまうことがある。


 “このまま書き続けていいのか”ではなく、

 “どこまで行ってしまうのか”ということ。


---


 詩を書くようになってから、日常が少しずつ変わった。


 見える景色が変わったわけじゃない。


 ただ、そこに“言葉にしたいもの”が増えた。


---


 スマホを開く。


 自分の投稿をスクロールする。


 短い詩が並んでいる。


---


> 夜勤明けの電車は

> 少しだけ静かだ

>

> それでも

> どこかに行きたいと思っている


---


> 言葉にできない感情が

> まだここにある


---


> 何も書けない日がある

> それでも

> ここにいる


---


 読み返して、ふと思う。


「これ……本にできるんじゃないか?」


---


 その瞬間、心臓が少し跳ねた。


「いや、無理だろ」


 すぐに否定する自分。


 ただの介護士。


 通信制大学生。


 詩なんて習ったこともない。


---


 でも。


 消えない考えがある。


 “誰かに届いている”という実感。


---


 夜。


 施設の休憩室。


 恒一はスマホを握ったまま、天井を見上げていた。


---


「本、か……」


 小さく呟く。


---


 そのとき、通知が鳴る。


---


夏音:

「最近、よく投稿してますね」


---


恒一:

「見てるのかよ」


---


夏音:

「はい」


---


恒一:

「なんかさ」

「本にできたらいいなって思ったんだけど」


---


 少し間。


 既読。


---


夏音:

「いいと思います」


---


 あまりにも自然な返事だった。


---


恒一:

「いや、でもさ」

「俺みたいなのが本とか……」


---


 途中で打つのをやめる。


 また同じ癖だ。


 自分を下げる言葉。


---


 すぐに返信が来る。


---


夏音:

「“俺みたいなの”って何ですか?」


---


 その一文で止まる。


---


夏音:

「書いてる時点で、もう“書く人”だと思います」


---


 画面が少しだけ眩しく見えた。


---


恒一:

「でも、ちゃんと学んでる人とかいるし」

「詩とか詳しい人とか」


---


夏音:

「詳しい人が書くのは“上手い詩”です」

「でも“届く詩”は別です」


---


 その言葉が、ゆっくり落ちてくる。


---


夏音:

「あなたの詩は、もう届いてます」


---


 恒一はスマホを握ったまま動けなかった。


---


 届く。


 その言葉が、前より重くなっている。


---


 窓の外では夜勤の廊下が静かに続いている。


 白い光。


 規則的な音。


---


 その中で、恒一は初めて具体的に思う。


「本、出したい」


 声に出さずに、心の中で。


---


 それは夢というより、

 もう少し現実に近い形をしていた。


---


 そして、その思いを送信する。


---


恒一:

「いつか、本にしたい」


---


 既読。


 少し間。


---


夏音:

「できますよ」


---


 たったそれだけ。


 でも、その言葉で十分だった。


---


 恒一はスマホを置く。


 天井を見上げる。


 疲れているはずなのに、眠気とは違う感覚があった。


---


 “始まってしまったもの”の気配。


---


 まだ何も形になっていないのに。


 確かに何かが動き始めていた。


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