# エピソード109 ## 「ファンレター」
# エピソード109
## 「ファンレター」
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サイン会から三日後。
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東京の出版社。
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黒川は大きな段ボール箱を机に置いた。
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ドンッ。
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「届きました」
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玲奈が中をのぞく。
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「こんなに……」
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箱の中には。
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数え切れないほどの封筒。
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全国から届いた手紙だった。
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「全部」
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「ファンレターです」
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その日の午後。
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恒一と夏音は出版社へ呼ばれた。
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会議室に入ると。
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机いっぱいに並べられた手紙。
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夏音は目を丸くした。
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「これ……全部?」
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黒川は頷く。
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「全部です」
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「読者の皆さんから届きました」
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夏音は震える手で一通目を開く。
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小さな子どもの字だった。
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> 『夏音さんへ。
>
> 本を読んで泣きました。
>
> 私も小説を書き始めました。
>
> また新しい本を書いてください。』
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夏音は思わず胸に手を当てた。
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「……嬉しい」
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涙がこぼれそうになる。
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恒一も一通読む。
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> 『先生へ。
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> 学校が嫌いでした。
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> でも先生の本を読んで、
> 大人にも優しい人がいると知りました。』
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恒一は静かに目を閉じた。
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教師として。
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作家として。
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こんな言葉をもらえる日が来るなんて。
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思ってもいなかった。
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夕方。
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ほとんどの手紙を読み終えた頃。
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黒川が一通の封筒を差し出した。
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白い封筒。
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差出人は書かれていない。
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「これは?」
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「昨日届きました」
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「先生と夏音さん宛てです」
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恒一が封を開く。
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中には一枚の便箋。
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丁寧な字で書かれていた。
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> 『あなたたちの本に救われました。』
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二人は静かに読み進める。
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> 『私は何度も夢を諦めました。』
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> 『もう遅いと思っていました。』
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> 『でも、お二人の物語を読んで、もう一度挑戦しようと思えました。』
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夏音の目が潤む。
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便箋の最後には。
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たった一行だけ。
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> 『いつか、あなたたちに会える日まで、私も頑張ります。』
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署名はなかった。
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年齢も。
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名前も。
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何も分からない。
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だけど。
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その手紙には。
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誰かの本気が詰まっていた。
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会議室は静まり返る。
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恒一がゆっくりと便箋を閉じる。
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「書いてよかった」
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小さくつぶやく。
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夏音も頷いた。
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「はい」
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「本当に」
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黒川は二人を見つめながら言った。
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「作家は」
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「本を書いて終わりではありません」
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「読者の人生に寄り添う仕事です」
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その言葉は。
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二人の胸に深く刻まれた。
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帰り道。
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夕焼けの駅前。
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夏音が空を見上げる。
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「先生」
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「ん?」
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「次の作品も」
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「誰かを笑顔にしたいですね」
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恒一は笑った。
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「ああ」
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「一人でも多く」
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「夢を信じられる物語を書こう」
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夏音は力強く頷く。
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「はい!」
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その時。
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出版社の窓から。
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黒川が二人の背中を見つめていた。
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玲奈が隣に立つ。
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「いいコンビですね」
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黒川は珍しく笑う。
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「あの二人なら」
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「きっと日本を代表する作家になります」
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しかし。
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その未来へ進む前に。
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二人には。
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もう一つの大きな試練が待っていた――。
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### 次回
# エピソード110
## 「すれ違う夢」
人気作家となり忙しくなる夏音。
教師と作家の両立に追われる恒一。
会いたくても会えない日々が続く。
二人の心に、少しずつ"距離"が生まれ始める――。




