# エピソード110 ## 「すれ違う夢」
# エピソード110
## 「すれ違う夢」
---
春が終わり。
---
初夏。
---
夏音の毎日は激変していた。
---
朝。
---
学校。
---
放課後。
---
出版社との打ち合わせ。
---
夜。
---
原稿。
---
休日。
---
取材。
---
インタビュー。
---
サイン本の執筆。
---
気づけば。
---
一日が終わっている。
---
「夏音さん」
---
玲奈がスケジュール帳を見せる。
---
「来週はこちらです」
---
夏音はページを見て固まった。
---
「休み……」
---
「ありません」
---
「ですよね……」
---
苦笑いするしかなかった。
---
その頃。
---
恒一も忙しかった。
---
学校では新学期。
---
新しいクラス。
---
新しい子どもたち。
---
放課後は会議。
---
夜は執筆。
---
出版社との打ち合わせ。
---
帰宅すると。
---
時計は午後十一時。
---
「今日は……」
---
パソコンを開く。
---
だが。
---
五分後。
---
机に突っ伏して眠ってしまった。
---
翌朝。
---
スマホを見る。
---
夏音からメッセージ。
---
『先生、おはようございます!』
---
送られてきた時刻。
---
午前六時十二分。
---
恒一が気付いたのは。
---
午前七時四十五分。
---
慌てて返信する。
---
『ごめん。寝てた』
---
しばらくして返信。
---
『私も昨日机で寝ちゃいました(笑)』
---
笑いの絵文字。
---
だけど。
---
どこか寂しそうだった。
---
それから。
---
数週間。
---
連絡は減った。
---
会う回数も減った。
---
悪いわけじゃない。
---
忙しいだけ。
---
お互い分かっている。
---
それでも。
---
少しだけ心は離れていく気がした。
---
ある日の夕方。
---
出版社。
---
黒川が恒一に言う。
---
「先生」
---
「はい」
---
「夏音さんと最近話しましたか?」
---
恒一は少し考える。
---
「メッセージくらいですね」
---
黒川は静かに頷いた。
---
「夏音さん」
---
「無理をしています」
---
恒一の表情が変わる。
---
「え?」
---
「誰にも言いませんが」
---
「かなり疲れています」
---
その日の夜。
---
恒一は夏音へ電話をかけた。
---
呼び出し音。
---
一回。
---
二回。
---
三回。
---
やがて。
---
「……先生?」
---
小さな声。
---
明らかに疲れていた。
---
「大丈夫か?」
---
少し沈黙。
---
そして。
---
「大丈夫です」
---
すぐに分かった。
---
大丈夫じゃない。
---
「夏音」
---
「はい」
---
「明日」
---
「少しだけ時間あるか?」
---
電話の向こうで。
---
少しだけ笑う声。
---
「先生」
---
「うん?」
---
「会いたかったです」
---
その一言に。
---
恒一は胸が締め付けられた。
---
「俺も」
---
自然と言葉が出た。
---
「会いたかった」
---
電話の向こう。
---
夏音は黙っていた。
---
でも。
---
少しだけ鼻をすする音が聞こえた。
---
翌日。
---
二人は久しぶりに。
---
学校の図書室で向かい合って座る。
---
何を話すわけでもない。
---
それでも。
---
同じ空間にいるだけで。
---
どこか安心できた。
---
夏音は小さく笑う。
---
「やっぱり」
---
「ここが一番落ち着きます」
---
恒一も本を閉じて笑う。
---
「ああ」
---
「俺もだ」
---
窓から初夏の風が吹き込む。
---
夢は叶った。
---
でも。
---
夢を叶えた後にも。
---
守らなければならないものがある。
---
それは。
---
きっと。
---
誰よりも大切な時間だった――。
---
### 次回
# エピソード111
## 「図書室の約束」
忙しい毎日の中で、月に一度だけ会うことを約束した二人。
しかし、その約束の日。
図書室で恒一を待っていたのは、思いもよらない知らせだった――。




