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【Step.8】激辛好きのシンデレラは、気合を入れて

ベッドの上には、何着もの洋服が山のように散乱していた。


「うーん、これも違う……。これだとキメすぎだし、こっちは地味すぎるし……」


部屋の主である天宮菜緒は、姿見の前でハイブランドのブラウスやモードなワンピースを身体に当てては唸り声を上げていた。


普段の仕事なら、用意された完璧な衣装を着てカメラの前に立つだけでいい。けれど、自分の意志で「学生街に馴染む服」を選ぶとなると、正解がまったく分からなかった。


(だいたい、普通の学生さんのカジュアルって何……?)


ため息をつきながら、ベッドに放り出していた手元のスマホ――『LIME』のトーク画面を食い入るように見つめる。そこには、彼からの不器用で、けれど優しさに溢れたメッセージが残っていた。それを読み返すたびに、自然と頬が緩んでしまう。


「ねえ、お姉ちゃん。さっきからLIMEガン見してニヤニヤしてるけど、スマホに穴開くよ?」


「ひゃっ!?」


不意に背後から声をかけられ、菜緒はビクッと肩を揺らした。

振り返ると、部屋のドアの隙間から、妹のみゆが呆れたような顔で覗き込んでいる。


「み、みゆ! 勝手に入ってこないでよ!」


「ノックしたのに無視したのお姉ちゃんでしょ。……で? なにその一人ファッションショー。さては、新しい彼氏さん?」


みゆは部屋に上がり込むと、ベッドの上の服をヒョイと持ち上げてニヤニヤと笑った。


「ち、違うわよ! ただの……一緒に激辛料理を食べに行ってる人よ。今日、東都大学の近くでエチオピア料理を食べることになったから、ちょっとカジュアルな服を探してたの」


「カジュアルな服って……お姉ちゃん、ここに出てる服全部ハイブランドのコレクション物じゃん。そんなの着て学生街歩いたら、お忍びの芸能人丸出しで絶対浮くよ。お姉ちゃん、仕事の服は完璧なのに、プライベートになると極端に不器用なんだから」


現役大学生にして読者モデルでもある妹からの容赦ないダメ出しに、菜緒はうっと言葉を詰まらせた。


「ていうかさ、エチオピア料理って絶対辛いやつでしょ? お姉ちゃん、せっかくそんな気合入れて服選んでるのに、自分からバカみたいな激辛店に誘ってドン引きされる気?」


「ちょっと……バカみたいって言わないでよ。確かに私から誘ったけど、星野さんは全然引いてなかったんだから」


姉の反論に、みゆは信じられないものを見るように目を細めた。


「ちょっとお姉ちゃん、大丈夫なの? 大学の時の彼氏……ええと、誰だっけ。そう、タカヒロくん! あの人、最初は無理してお姉ちゃんの激辛に付き合ってくれてたけど、最後にお姉ちゃんの手作りの『特製(激辛)麻婆豆腐』食べさせられて、翌日胃腸炎で病院送りになって……『ごめん、君の事は好きだけど、これ以上一緒にいたら命の危険を感じる』だったっけ?泣きながら別れ切り出されたじゃん。あんな地獄のデスゲーム、普通の胃腸の持ち主には耐えられないよ。あの二の舞にならない?」


「うっ……! そ、それは……」


痛い過去をえぐられ、菜緒は分かりやすくたじろぐ。

しかし、すぐにスマホの画面を胸に抱きしめ、ふふん、と得意げに胸を張った。


「心配ご無用! 星野さんはタカヒロとは違うの! 見てよこれ! 私がエチオピア料理に誘った直後のLIME!」


みゆが姉のスマホの画面を覗き込むと、そこには男性からの『天宮さんって、辛子いるんですか?』という謎すぎるメッセージが光っていた。


「……は? エチオピア料理に辛子……?」


「そう! 前のタイ料理屋さんで本場の匂いに撃沈しちゃったから、今回は味変用の『マイ辛子』をわざわざ用意してくれようとしてるの! 私のマニアックな誘いにも乗ってくれた上に、この気遣い! 絶対今日、何か面白いスパイスを隠し持ってくるに違いないわ!」


キラキラと目を輝かせて、未知のスパイス戦争に思いを馳せる姉。

そのどう見ても「恋する乙女(ただしベクトルが致命的におかしい)」な様子に、みゆは深く、深くため息をついた。


「…………あのさ。女子からエチオピア料理に誘われて、『辛子いる?』って返してくる男って、控えめに言ってヤバくない? 絶対会話のドッジボール起きてるよ」


菜緒は少しムッとした顔になりながらも、頰を赤らめて言い返した。


「……違うもん。あの人はちゃんと気遣ってくれてるだけよ。すごく優しい人なんだから」


「……そ。まあ、その星野さん?の胃腸が鋼鉄でできてることを祈るよ」


(普通、彼氏いるかとか聞く流れじゃないの……? まあ、お姉ちゃんがこんなに楽しそうにしてるの、タカヒロくんと別れて以来だし……いっか)


みゆは肩をすくめると、ベッドの上の服をパシパシと手で払いのけ、姉のクローゼットを漁り始めた。


「とりあえず、お姉ちゃんのセンスじゃ絶対『普通の学生』には見えないから、私の部屋から適当な服持ってくる。ちょっと待ってて」


数分後、みゆが自分の部屋から持ってきたのは、ざっくりとしたアイボリーのオーバーサイズニットと、細身のデニムパンツだった。


「ほら、これ着てみて」


言われるがままに着替えて姿見の前に立つと、確かに先ほどまでの「近寄りがたいモデル」の雰囲気は和らぎ、年相応の親しみやすさが出ている気がした。


「うん、まあ服の組み合わせは『普通の学生』っぽくなったけど……」

みゆは腕を組んで、姉の圧倒的な頭身のバランスを上下に眺めた。


「……中身のオーラがダダ漏れだから、どう誤魔化しても『めっちゃ可愛い芸能人のプライベート』にしか見えないね。まあ、男の人をドキッとさせるには十分すぎるんじゃない?」


「……別に、ドキッとさせたいわけじゃないわよ。この前のタイ料理の時は、匂いがつくからって全身『ユニシロ』で行っちゃったし……」


「あのさぁ……。お姉ちゃんが全身ユニシロ着たら、それただの『ユニシロの秋の新作CMモデル』だから。一般人に擬態できてると思ったら大間違いだよ、逆にスタイルの良さが悪目立ちしてたと思うけど」


「うっ……」


みゆからの身も蓋もない(しかし的確すぎる)ツッコミに、菜緒は図星を突かれたように頬を赤らめた。そして、照れを誤魔化すように早口で言い訳を並べ立てる。


「ほ、ほら! 今回は私から誘ったわけだし。いくら激辛とはいえ、少しは気合入れた格好で行くのがマナーかなって思っただけだから」


「はいはい、そういうことにしておいてあげる。じゃあ、その優しい星野さんの胃が爆発しないことを祈りつつ、いってらっしゃい」


「うん! みゆ、服ありがとう!」


ドアが閉まるのを待って、菜緒は再びスマホを手に取り、トーク画面を開いた。


「今日は……楽しみにしてますね」と小さく呟き、頰が自然と緩むのを感じた。

本日もお読み頂きありがとうございます。

今回は少し視点を変えて、エチオピア料理戦の前の天宮さんサイドのお話でした。

妹のみゆちゃんから見ても、ダダ漏れのオーラとウキウキ具合は隠せなかったようです。


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