表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/22

【Step.21】茹で上がったシンデレラ

6月6日、土曜日。運命の生放送を九日後に控えた週末。


俺たちは、若者と多国籍な熱気に包まれる新大久保駅前にいた。


待ち合わせ場所に現れた天宮さんの姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。


初夏の風にふわりと揺れる、上品な透け感のあるミントグリーンのワンピース。足元は華奢な白いサンダルで、髪はわざわざサロンでセットしてきたかのように、毛先まで完璧なカーブを描いている。


すれ違う通行人が十人中十人振り返るような、圧倒的な美貌。


(……いや、新大久保に激辛食いに来る格好じゃないだろ、それ)


表参道のオシャレなフレンチにでも行くような、隙のない完璧な『勝負服』。


一体全体どういう心境の変化か分からないが、気合いが入りすぎている彼女の姿に俺が内心ドギマギしていると――当の天宮さんは、俺の顔を見るなり完全にバグを起こした。


「お待たせしまし——あ、あのっ! ほ、星野さんっ! こ、こんにちは……っ!」


ビクッと肩を揺らしたかと思えば、なぜかピンッと直立不動で謎の最敬礼をしてくる。声も裏返っているし、何より絶対に俺と目を合わせようとしない。


「……こんにちは。天宮さん、なんか顔赤くないですか? もしかして熱でも……」


俺が心配して顔を覗き込もうとすると、「ひゃっ!?」と変な声を上げて、気合いの入った華奢なサンダルでカニ歩きのようにササッと距離を取られた。


「な、ないです! 熱なんてないです! ただちょっと、今日はその、カプサイシンを欲してるというか、そのっ……韓国料理、行きましょう!」


そう言って彼女は、ブランド物の小さなバッグの紐を両手でギュッと握りしめ、逃げるように足早に歩き出してしまった。


その際、何もない平坦なアスファルトで「おわっ」と軽く躓きかけ、一人で耳まで真っ赤にしているのが後ろ姿からも分かった。


(……なんだ? 明後日の生放送のプレッシャーで緊張してるのか?)


俺は首を傾げながら、その少しぎこちない背中を追いかけた。

まさか彼女が、俺への『我慢できない恋心』に気づいてしまい、どう接していいか分からず完全にポンコツ化しているだなんて、この時の俺が知る由もなかった。


***


「お待たせしましたー。ユッケジャン、プルダック、チュクミ炒め、全部『激辛激増し』ねー」


路地裏にある本格韓国料理店のテーブルに、次々と「真っ赤な地獄」が並べられていく。


グツグツと煮えたぎるユッケジャンスープ。

唐辛子ソースがこれでもかと絡まった激辛の鶏肉料理、プルダック。


そして、鉄板の上で真っ赤に炒められたイイダコ(チュクミ)の炒め物。

テーブルの上は完全に逃げ場のないレッドゾーンと化していた。


「い、いただきますっ!」


天宮さんは俺と目を合わせないまま、まるで何かに追われているかのような猛スピードで真っ赤なプルダックを口に放り込んだ。


「ちょ、天宮さん!? ペース早すぎません!? いくら激辛好きでも、そんなに一気にいったら胃が……っ」


「平気ですっ! はふっ、辛っ! でも美味しい……っ!」


彼女は額にじわりと汗を浮かべながら、ユッケジャンのスープを飲み、チュクミを口に運び、ひたすらに激辛料理と格闘し続けている。


いつもなら、「星野さんもどうぞ!」と嬉しそうに殺人メニューをお裾分けしてくるのに、今日の彼女は黙々と、時折チラチラとこちらの様子を窺いながら、ひたすらにカプサイシンを摂取し続けていた。


(絶対に、何か様子がおかしい)

俺も恐る恐るユッケジャンに手をつけ、強烈な唐辛子の刺激に噎せ返りながら、目の前の彼女を観察する。


「……あの、天宮さん。明後日の生放送、やっぱり不安ですか?」

「……えっ?」


チュクミを頬張っていた天宮さんが、ピタリと動きを止めた。


「いや、さっきから上の空っていうか、無理して食べてるみたいだったから。……プロゲーマーの篠崎も一緒だし、やりづらいなら俺も当日裏で……」


「ち、違いますっ!!」


バンッ! と彼女がテーブルに両手を突いた。


「違うんです! 私はただ……そのっ」


天宮さんは何かを言いかけて、キュッと唇を噛んだ。

大きな瞳が揺れ、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。


「……星野さんが、優しすぎるから……だから私、どうしていいか分からなくなっちゃって……っ」


消え入るような声。


俺の心臓が、唐辛子とは全く違う理由でドクンと大きく跳ねた。


「え……?」


「ああっ、もう! すみません! ビビン麺! ビビン麺の一番辛いやつ、追加でお願いしますっ!!」


俺の問いかけを遮るように、彼女は店員に向かってヤケクソ気味に追加注文を叫んだ。


***


店を出る頃には、天宮さんは完全に「茹でダコ」になっていた。


「はぁっ……はぁっ……からい……あついです……っ」

ユッケジャン、プルダック、チュクミ炒め、そしてとどめの激辛ビビン麺。


致死量のスパイスを短時間で胃袋に放り込んだ絶世の美女は、顔の輪郭から首筋、そして耳の裏まで真っ赤に染まり、ぽーっと熱を出したように息を弾ませていた。


「大丈夫ですか? ほら、水」


俺が近くの自販機で買ったミネラルウォーターを頬に当ててやると、彼女は「ひゃうっ」と可愛らしい悲鳴を上げてビクッと肩を揺らした。


「す、すみません……私、今日なんか変でしたよね……」


「変っていうか……茹で上がってますよ、完全に」


俺が苦笑交じりに言うと、彼女は「うぅ……」と両手で自分の真っ赤な顔を覆い隠した。


「……星野さんの前だと、私、本当にダメダメですね」


指の隙間から漏れた声は、少しだけ情けなくて、でもどこか嬉しそうで。


「……別に、ダメじゃないですよ。俺は、そういう天宮さんも嫌いじゃないですし」


俺がボソリと本音をこぼすと、彼女は覆っていた指の隙間から、パチクリと大きな目を瞬かせて俺を見た。


「……それって、言質、取ってもいいですか?」


「なんの言質ですか」

「ふふっ、秘密です」


まだ少し熱っぽく上気した顔で、彼女は今日一番の、柔らかくて綺麗な笑顔を見せた。


夜風が、火照った二人の身体を心地よく冷ましていく。


財布の中には、靴の修理屋の預かり証が入っている。


(待っててくれ。明後日……絶対に、驚かせてやるからな)


完全に茹で上がった現代のシンデレラの隣を歩きながら、俺は月曜日のステージに向けて、静かに、けれど力強く決意を固めたのだった。

本日もお読み頂きありがとうございます。

生放送直前の週末、新大久保でのデート。完全に恋する乙女モードで「茹で上がったシンデレラ」になってしまった天宮さんが可愛すぎますね。

次回、いよいよ最終話(生放送)です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ