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【Step.17】設定ねじ込みと、配布業務ねじ込み

週末の非日常的な熱から一転して、俺はいつもの4.7畳の作業部屋で、デュアルモニターと血走った目で睨み合っていた。


机の端で、スマホの画面がチカチカと光る。

担当編集の神崎から送られてきたLIMEの音声通話だ。


『星野先生、先日の銀座「Zeytrn」の領収書、経費処理通しておきましたからね! 会計見た時、一瞬気を失うかと思いましたが! その代わり、今回の新章……絶対に読者の度肝を抜く最高のものにしてくださいよ!』


「……分かってるよ。男のプライドを守るために背負った借金だ。きっちり原稿で返してやる……!」


「それと先生、例のアニメ化と同時進行している『大型ゲームコラボ』の件なんですが、来月の公式生放送特番に、原作者としてシークレットゲスト出演していただけませんか? 顔出しNGなら、目深に帽子を被ってマスク姿でも構いませんから!」


「……神崎さん。俺、デビューの時から言ってますよね。メディア露出は一切しないって。ただでさえ本業の会社員としての生活があるんです、特定されるようなリスクは――」


『分かってます! 分かってますけど、今回は先方のゲーム運営会社からの強い熱望なんです! なにせ、先生の『領主様の重機魔法』とのコラボイベントですからね。生放送の同接(同時接続者数)も数十万は見込める超大型特番ですし、アニメの最高の宣伝になります!』


「それ、やらないとダメ?目深に帽子を被ってマスク姿なら誰がやっても同じじゃない?神崎さんが代わりに出るとかさ」


『まあまあ、そう言わずに! 少し考えておいて下さい。じゃあ今回の新章待ってます。よろしくお願いします!」


音声通話を切った後、俺は強めのエナジードリンクを一気に喉へ流し込み、キーボードに両手を構えた。


現在連載中の『領主様の重機魔法』。その最新章のテーマは「南方大陸から持ち込まれた未知の香辛料スパイス」だ。


主人公を支えるメインヒロインの一人に、宮廷魔術師のエルミアというキャラクターがいる。


銀の長髪に眼鏡をかけた、クールで理知的な年上の女性。常に冷静沈着で、感情を表に出さず論理的に魔法を構築する……という設定だったのだが。


俺はカタカタと凄まじい速度でタイピングしながら、彼女のキャラクター設定プロットに、ある「致命的なバグ」を意図的に捩じ込んでいった。


『主殿。刺激の向こう側に、本当の美味しさがあるのです。さあ、あーん』


『……エルミア殿? なぜ眼鏡を外すのですか?それと貴女の周りだけ空気の温度が上がっているのでしょうか。それにその赤い粉は――』


『心配ご無用です! 先ほど商人殿も言っていたでは無いですか。この食べ物は親愛の表現だから差し出されたら断ってはいけないと』


『ぎゃあああああああああっ!?』


普段は完璧で隙のないクールビューティーが、未知の香辛料(激辛)を前にした途端、目をキラキラさせたポンコツな「激辛マニア」へと変貌し、主人公の胃粘膜を破壊しにくる展開。


モデルはもちろん、現代のシンデレラこと天宮菜緒だ。


「……書ける。痛いほど書けるぞ。だって全部、俺が実際に味わってきた地獄だからな……!」


ハバネロを丸齧りした時の、舌が千切れるような痛み。

青パパイヤのサラダで噎せ返った時の、喉の奥のヒリヒリ感。

そして、あのエチオピア料理店での「わさびの逆襲」。


カプサイシンによって刻み込まれた俺のリアルなトラウマと痛覚の記憶が、指先から魔法のようにテキストへと変換されていく。


気がつけば外は白み始め、スズメが鳴き始めていたが、俺の集中力は途切れることなく、一気に数万文字の「スパイス回」を書き上げたのだった。



数日後。


最新話をサイトにアップロードした直後から、読者の反応は文字通り「爆発」した。


『エルミア様のポンコツ化、最高すぎるwww』

『まさかの激辛要員ww クールキャラが台無しで腹痛い』

『あーん(物理ダメージ・防御貫通)』

『主人公の痛みの描写がリアルすぎないか? 作者、絶対に最近女に激辛料理食わされて痛い目見たろこれ』


読者の目は誤魔化せない。


だが、その「生々しすぎる絶望感」と「ヒロインの完璧なギャップ萌え」が完璧にウケて、作品のPV(閲覧数)はうなぎ登りに跳ね上がった。


日間ランキング1位。


そして、そのままの勢いで週間、月間ランキングをも独走し始めたのだ。

『星野先生!! 見ましたかランキング! 最高です! さすがうちの看板作家! これなら銀座の超高級トルコ料理の領収書も、安い投資ってもんですよ!』


電話越しの神崎の声は、銀座の夜の恨みなど完全に忘れて歓喜に震えていた。


「ええ。まあ、言ったでしょう。俺の物語には、彼女スパイスが必要なんです」


『え? 彼女? なんですか急にカッコつけて』

「なんでもないです! 独り言です!!」


俺は慌てて電話を切り、椅子の背もたれに深く寄りかかって天井を仰いだ。


(……サンキュー、天宮さん)

俺一人では絶対に書けなかった、熱と痛みに満ちたリアリティ。

彼女に振り回された日々が、確実に俺のクリエイターとしての血肉になっていることを実感し、俺は口元を緩ませた。


***


そんな激闘の週末が明け、俺は本業であるモビリティ系ベンチャー企業のオフィスで、支給されたノートPCに向かっていた。


「来週末の『バイシクルモビリティEXPO26』、裏方要員2名募集するぞ!」


フロアの奥から、先輩社員が大声で叫んだ。

場所は新宿のオフィスビル内にある屋内イベント空間。うちの会社が社運を賭けて開発した新型電動モビリティ(e-bike)のお披露目がある重要なイベントなのだが――。


「よっしゃあああ! ジャンケンだ! ジャンケン大会の開催だ!!」

若手から中堅までの独身社員たちが、猛然と先輩のデスクに群がっていく。


実はこのイベント、各社の華やかなキャンギャルやモデルが多数集結するため、うちの独身陣にとっては「あわよくば連絡先を交換できるかもしれない」という不純極まりない動機で大人気のプラチナチケットなのだ。


設営と当日の人員は、毎年恒例の「じゃんけん大会」で勝った者が選ばれるシステムになっている。俺も毎年参加してはいるものの、こういう時のくじ運が絶望的に悪く、これまで一度も勝ってイベントに行ったことがなかった。


「ほら星野! お前も来い!」

「あ、はいはい……。最初はグー、じゃんけんぽん」


(数分後)


「……勝ってしまった」


俺は自分の右手チョキを信じられない思いで見つめていた。無欲の勝利というやつか。周囲では敗北した同僚たちが「俺の出会いが……」「一生デスクワークだ……」と膝から崩れ落ちている。


裏方として参加することが決まり、席に戻った俺の脳裏に、ふとある人物の顔がよぎった。


(イベント空間……華やかなコンパニオン。もしかして、天宮さんの事務所にも話が行ってたりするのか?)


なんとなく気になって、俺はスマホを取り出し、昼休みのタイミングでLIMEを開いた。


『来週末、新宿のビルでバイシクルモビリティEXPOってあるんですけど、天宮さん出たりします?』


数分後。

『あ! 事務所の方に依頼のリストが来てたのを見ました! 私は別の仕事が入るかもで保留にしてたんですけど……星野さん、行くんですか?』


『実は俺の勤めてる会社がそこで新型電動モビリティのお披露目をするみたいなんです。人出が足りないので、じゃんけんで勝って応援で参加することになりまして』


送信すると、すぐに既読がついた。


『そうなんですか? 確か、星野さんの会社ってモビライト株式会社でしたよね』


(?)

どういうことだろうと首を傾げていると、十分ほど経ってから、再びピコンと通知が鳴った。


『配布の仕事ですけどまだ埋まってなかったので、ねじ込んじゃいました(笑)』


「…………は?」


俺は思わず、オフィスで変な声を出してしまった。


(ねじ込んだ!? いやいや、横浜アリーナのメインステージでMC張るレベルの人間が、ただのパンフレット配布業務に自分から志願して枠を奪い取るなんて、事務所的にありえないだろ!)


『ええっ?』

俺が動揺のあまり短いメッセージを返すと、すぐに追撃が来た。


『同じ職場で仕事出来ますね!(にっこり笑うウサギのスタンプ)』


ドクン、と。

心臓が、肋骨を突き破りそうなほど大きく跳ねた。


「同じ職場」という響きの、なんて甘くて、けれど破壊力のあることか。

俺はスマホの画面を伏せ、両手で顔を覆って天を仰いだ。


(……ダメだ。あの人、自分がどれだけ男の理性をぶっ壊す行動をしてるか、絶対に分かってない……っ!)


同僚たちが血眼になって求める「出会い」のイベントに、自らの格を下げてまで「同じ職場」に来てくれる現代のシンデレラ。


激辛料理での共闘を経て、俺たちの距離は、俺が想定していた何倍もの速度で縮まり始めていた。

本日もお読み頂きありがとうございます。

本業(?)のWeb小説執筆シーン。現実の鬱憤を、自作のクール系ヒロインに「激辛バグ」として

ねじ込む星野先生。読者には大好評なのがまた皮肉ですね。

そして会社のじゃんけん大会に勝利し、EXPOへ!

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