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24 お父様からの、これ以上ない最高の最終評価フィードバックだわ……!

 秋の澄み切った青空がどこまでも高く広がる、ルサージュ公爵邸の正門前。

 私たちは、数日間の滞在日程を終えてラスデス王国へと帰国するお父様とお母様を見送るために、石畳の広場に並んで立っていた。


 ルサージュ公爵家とロデスタール侯爵家、そしてその背後にあるラスデス王国との間で結ばれた長期通商条約、および技術提携ガイドラインの策定は一枚の不備もなく完璧な形で完了している。


(お父様という最強の監査役が、契約書の隅から隅まで厳格なチェックを入れてくれたおかげで、将来的な法的リスクは完全に排除されたわ。関税の撤廃からヤトゥルクメタルの優先供給権の確立まで、これ以上ないほどに透明性の高い、完全なホワイト国家間取引の基盤が整ったと言えるわね)


 私は現場監督として、そして今回の巨大インフラ整備プロジェクトの立役者の一人として、無事にこの大型契約のクロージングを迎えられたことに、深い安堵と心地よい達成感を覚えていた。


 馬車への荷物の積み込み作業が完了し、護衛の装甲騎士たちが整然と列をなす中、お父様が静かに私たちの方へと向き直った。


「公爵閣下。この数日間、素晴らしい歓待と極めて実りある商談の機会をいただき、心より感謝申し上げる。我が国に戻り次第、ただちにこの新たな流通ラインをフル稼働させる手はずを整えよう」


 お父様が右手を差し出すと、アドリー様もまた優雅な所作で一歩前に出て、その手を固く握り返した。


「こちらこそ、お義父上の卓越した交渉術と鋭い監査能力には大いに学ばせていただきました。ルサージュ領とラスデス王国の間に築かれたこの強固なサプライチェーンは、必ずや両国に莫大な継続的利益をもたらすことでしょう」


 二人の有能な経営トップによる、完璧な事業提携の最終確認。

 その光景は、見ていて惚れ惚れとするほどに洗練されたビジネスの極致であった。


 アドリー様との挨拶を終えたお父様は、次に私の方へと歩み寄り、その厳格な瞳をこれ以上ないほどに優しく細めた。


「ラニ。お前が自らの手でこの領地に推し進めた数々のインフラ整備は、このルサージュ領のみならず、我が国の経済にも計り知れない恩恵をもたらすだろう。かつての私は、お前を安全な温室に閉じ込め、ただ外敵から守り抜くことしか考えていなかった。だが……お前はもう、ただ守られるだけの脆弱な存在ではない。立派な一国の……いや、この広大なルサージュ公爵家の発展を牽引し、領民たちの生活を支える絶対的な大黒柱だ」


 お父様の言葉には一人の親としての深い愛情と、自立した有能なビジネスパートナーへの最大級の賛辞が込められていた。


(お父様からの、これ以上ない最高の最終評価フィードバックだわ……!)


 私は胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを必死に堪え、背筋を伸ばして深く頭を下げた。


「ありがとうございます、お父様。私はこれからも現場の最前線に立ち、この領地と、そして最大の提携先であるお父様たちの期待に応えられるよう、持てる物理的出力と経営資源のすべてを尽くして事業を推進してまいりますわ」


 私が力強く宣言すると、お父様は深い満足感と共に幾度も頷いた。

 続いて、お父様の背後に控えていたお母様が、涙ぐんだアメジストの瞳で私に向かって両手を広げて歩み寄ってきた。


「ラニ……私の愛しい娘。遠く離れて暮らすのは寂しいけれど、貴女がこんなにも素晴らしい殿方と巡り会い、自分の居場所を見つけて幸せに笑っている姿を見られて、お母様は本当に安心しましたよ」


 お母様からの、別れを惜しむ熱烈な抱擁の合図である。


(緊急警報発令! か弱きお母様からのスキンシップを安全かつ穏便に受容するため、ただちに全身の筋肉の超精密な出力制限ミッションを開始するわ!)


 私は瞬時に脳内の安全管理システムを最高警戒レベルへと引き上げた。

 現在の私の規格外の筋力で少しでも抱きしめる力を誤れば、お母様の華奢な肋骨や肩甲骨など、乾燥したか細い小枝のように容易く粉砕してしまう大惨事になりかねない。


 私は指先の神経を極限まで研ぎ澄ませ、筋肉の駆動出力を零コンマ零零一パーセントという奇跡のマイナス領域へと移行させた。

 まるで極薄のガラス細工を包み込むかのような極めて繊細で柔らかい動作で、私はお母様の背中にそっと腕を回した。


 私の細心の注意を払った極限の筋肉コントロールのおかげで、お母様の骨格には一切の物理的ダメージを与えることなく、無事に安全で温かな抱擁を成立させることができた。


「いいこと、ラニ。貴女は昔から、何かに夢中になると自分の限界を超えてまで頑張りすぎてしまうところがあるわ。領地のお仕事や新しい事業も大切だけれど、決して無理はしすぎないようにね。ちゃんと温かいご飯を食べて、夜はアドリー様と一緒にしっかりと眠るのよ」


 私の背中を優しく撫でながら、お母様が耳元で切実な声で諭してくる。


(どんなに有能な労働力や最新鋭の重機であっても、まずは適切なメンテナンスと十分な休息が不可欠であるという、安全衛生管理の基本中の基本ね。お母様は私に、有給休暇の確実な取得と過度な残業の禁止を強く勧告してくれているのだわ)


 家族としての温かな愛情表現を、私は現場監督としてのコンプライアンス遵守の誓いへと変換し、真剣な表情で頷き返した。


「はい、お母様。心身の健康第一で、決して過酷な休日出勤や深夜残業などいたしませんわ。お母様も、どうかお体にはお気をつけて」


 名残惜しい時間はやがて終わりを告げ、お父様とお母様を乗せた豪華な馬車は、護衛の騎士たちに囲まれながらゆっくりと動き出した。

 私たちは馬車の姿が秋の澄んだ空の彼方へと小さくなり、やがて完全に見えなくなるまでその場に立ち尽くして手を振り続けた。


 遠ざかる馬車の轍を見つめながら、私は巨大なプロジェクトが一つ完了した後のような、静かな達成感と僅かな寂しさを同時に感じていた。


「……行ってしまわれましたね」


 私がぽつりと呟くと、隣に立っていたアドリー様が私の手を優しく取り、その温かい掌で私の指先を包み込んだ。


「中に入りましょうか、ラニ様。少し、これからの話をしたいのです」


 アドリー様にエスコートされ、私たちは静まり返った公爵邸の中へと戻り、そのまま日差しの差し込む執務室へと向かった。

 執務室の広い窓辺からは、黄金色に色づいた領地の豊かな風景が一望できる。


「ラニ様。お父上とお母上を見送って、少し寂しい思いをさせてしまったかもしれません。ですが、今回の共同プロジェクトの成功による事後評価は、ルサージュ領にとって完璧以上の結果をもたらしました。これもすべて、貴女と、貴女を育ててくれた素晴らしいご両親のおかげです」


 アドリー様は窓の外の景色から私へと視線を移し、サファイアの瞳を愛おしそうに細めた。


「お二人がラスデス王国から強力なバックアップをしてくださることで、僕たちの事業基盤は盤石なものとなりました。これからは僕が、貴女の唯一の家族として、そして生涯の経営パートナーとして、貴女のすべてを支え抜くと誓います」


 彼の言葉はどんな高額なインセンティブや役職の提示よりも、私の心を深く満たしていく最高の報酬だった。


「アドリー様……」


 私は彼の手の温もりにすがりつくように、そっと身体を寄せた。

 筋肉の出力制限は完全に維持したままだが、心臓の鼓動だけはどうしても抑えきれずに激しいリズムを刻んでいる。


 前世で孤独に過酷な労働を強いられ、誰にも評価されることのなかった私が、今世ではこんなにも愛され、信頼できる家族やパートナーと共に自らの手で確かな未来を切り拓くことができている。


(お父様たちとの強固な信頼関係に応え、アドリー様と共にこのルサージュ領をさらに豊かに発展させていく。これこそが、私の今世における最大のミッションであり、決して手放すことのない最高の幸福なのだわ)


 秋の爽やかな風が窓から吹き抜ける中、私たちの繋いだ手と手は、国家間取引という巨大なビジネスの成功を超え、夫婦としての揺るぎない確かな温もりを静かに分かち合っていた。

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