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23 信頼できる最強の取引先との、完璧な戦略的提携の成立ね!

 ルサージュ公爵領に、実りの秋が到来した。


 春から夏にかけて私が物理的な力技と現場監督としての知識を総動員して推し進めた大型水道橋の建設、そして魔物使いのフィリップが調教した新型重機こと四ツ目猪による大規模な農地開拓。

 それらのインフラ整備と作業の機械化が見事に噛み合った結果、今年のルサージュ領は過去最高の収穫量――すなわち莫大な経常利益を叩き出していた。

 見渡す限りの広大な農地には、頭を垂れる黄金色の稲穂と、朝露を弾く色鮮やかな高原野菜が果てしなく続いている。


(見て、この圧倒的な歩留まりの良さ! 安定した供給ラインである水路の確保と、動力源を魔獣に置き換えた機械化による生産性の向上が、完璧な相乗効果を生み出しているわ。これはまさに、プロジェクトマネージャーとしての完全勝利ね!)


 私は特注の分厚い作業用ドレスの裾を揺らしながら、現場監督として収穫物の品質管理と物流の最適化を指揮していた。

 領民たちは豊富な実りを前に「奥方様は豊穣の聖女様だ」と涙を流して喜んでくれている。

 前世のブラック企業でどれだけ残業しても決して得られなかった現場の純粋な笑顔と感謝という最高の報酬に、私の心は満たされていた。


 一方で、この莫大な実りはルサージュ公爵家という組織に、新たな外交上の強みをもたらしていた。

 エアルダール王国の国境沿いを治めるルサージュ公爵家は、他国との通商交渉も担う重要な窓口である。

 私が整備したインフラによって安定生産されるようになった高品質な高原野菜や、純度の高いヤトゥルクメタルは、今や近隣諸国が喉から手が出るほど欲しがる最高級のブランド商品となっていた。


 愛する夫であるアドリー様は、私が作り上げたこの圧倒的な経済的優位性を最大の武器とし、近隣諸国との間で非常に有利な条件での通商条約を次々と締結していく。

 有能な経営者である彼は、他国からの理不尽な要求や不当な値下げ交渉を優雅な微笑みと共に一蹴し、ルサージュ領に莫大な外貨と継続的な利益をもたらす完璧な契約だけを通していくのだ。

 現場の努力を最高の利益に変換してくれる有能なトップの存在ほど、現場の人間にとって心強いものはない。


 そして今日、公爵邸には我がルサージュ領にとって最強の取引先であり、絶対的な味方となる使節団が到着していた。

 ラスデス王国の第一王子オスリック殿下の名代として、親善大使の任を帯びてやってきた私の両親――ロデスタール侯爵ゲオルグと母フォルナである。


 かつてエバーソン王子の不正を命懸けで暴き、見事な監査役としての手腕を発揮したお父様は、今やラスデス王国の中枢で極めて重要な地位を占めていた。


「遠路はるばるよくお越しくださいました、お義父上、お義母上」


 公爵邸の壮麗な玄関ホールで、アドリー様が最上級の礼をもって両親を出迎える。

 応接室に移動したのち、お父様は温かい笑顔で私との再会を喜んだ後、すぐに有能な交渉人としての鋭い顔つきへと切り替わった。


「公爵閣下。本日は親善の挨拶もさることながら、両国間の新たな通商協定の締結について具体的な提案を持参いたしました。ルサージュ領で産出されるヤトゥルクメタルおよび特産品の高原野菜について、我がラスデス王国が優先的な輸入権を得る代わりに、国境関税の全面撤廃および長期的な相互安全保障条約の締結を確約いたします」


 お父様が提示した条件は、ルサージュ領にとって破格の好条件だった。


(お父様が自らラスデス側の窓口になってくれるなんて、これ以上の安全で確実な国家間取引はないわ! 信頼できる最強の取引先との、完璧な戦略的提携の成立ね!)


 アドリー様もまたお父様の提示した条件に深く頷き、流れるような手つきで契約書にサインを交わしていく。

 有能な監査役であり国家の重鎮であるお父様と、完璧な経営戦略を持つアドリー様。

 そして物理的なインフラ整備と現場の生産管理を担う私。

 この三者が揃った今、ルサージュ公爵家とロデスタール侯爵家の結びつきは、いかなる他国も不当に干渉できない、世界最強のコングロマリットへと進化を遂げたのである。


 昼間の高度な政治的、かつ実務的な商談を終えた夜。

 公爵邸の広大なダイニングルームでは、家族水入らずの温かな晩餐会が開かれていた。


 テーブルには、領地で採れたばかりの新鮮な秋の味覚がふんだんに並べられている。

 厳格な外交官の顔を崩したお父様は、極上のワインが注がれたグラスを傾けながら、心底嬉しそうにアドリー様へと視線を向けた。


「アドリー殿。娘をこれほど立派に……いや、娘の強すぎる個性を完全に受け入れ、支えてくれて本当にありがとう。君は私にとって最高の婿殿であり、我が家門の誇りだ。ラニの幸せそうな顔を見ているだけで、私はもう思い残すことはない」


 お父様の言葉にお母様も目を潤ませ、ハンカチを握りしめながら何度も頷いている。

 アドリー様は恐縮したように目を伏せ――しかし、真っ直ぐに誇り高い声で答えた。


「もったいないお言葉です。ですが、僕が支えているのではありません。すべてはラニ様自身の素晴らしい才能と、他者のために惜しみなく汗を流すことができる高潔な魂の賜物です。ラニ様は僕の人生を救い、この領地に永続的な豊かさをもたらしてくれた、僕にとっての女神なのですから」


 家族の前で堂々と、一片の照れもなく私を全肯定する夫の言葉に、私は顔に火がついたように熱くなるのを感じた。


 和やかな晩餐が終わり、両親が客間へと退いた後のこと。


「ラニ様。少し、夜風に当たりませんか」


 アドリー様に手を取られ、私は月明かりが美しく差し込む寝室の広大なバルコニーへとエスコートされた。


 秋の涼やかな夜風が頬を撫でる。

 眼下には、月光に照らされて黄金色に波打つ領地の豊かな風景が、どこまでも広がっていた。


 私がその美しい実りの景色に見惚れていると、背後から高い体温が近づき、アドリー様の強い腕が私の腰をそっと抱き寄せた。


「アドリー様……?」


「貴女が耕してくれたこの大地は、今や誰もが羨む宝です。他国がどれほどの富を積もうと、絶対に譲るつもりはありません」


 耳元で囁かれる低く艶やかな声に、私の鼓膜が甘く震える。


(いけない、またしても夫の肋骨を粉砕しないための筋肉コントロールミッションが発動してしまうわ! 気を抜けば出力制限が外れて、大惨事を引き起こしてしまう!)


 私は全身の筋肉に意識を集中させ、決して彼を力強く抱きしめ返してしまわないよう、両手を自身の胸の前で固く握りしめた。

 私の静かなる肉体的葛藤など知る由もないアドリー様は、私の肩口に自身の顔を埋め、さらに言葉を続ける。


「ですが、僕にとっての真の宝は、この領地の実りでも、外交の勝利でもありません。こうして僕の腕の中で温かな熱を放ち、隣で笑ってくれる貴女だけですよ、ラニ様」


 夜風に乗って、彼の上質な石鹸の香りが私を包み込む。


(ああ……前世では、自分が誰かの特別な宝物になる日が来るなんて、想像もしていなかった)


 過去の不当な取引や、理不尽な労働環境に縛られる必要はもうない。

 私の今のただ一つのクライアントであり、生涯の最愛のパートナーは、私を腕の中に閉じ込めているこの人だけなのだから。


「私にとっても、アドリー様が最高の宝物です……これからもずっと、貴方のそばで、この領地の未来を共に作らせてくださいませ」


 私が首だけを僅かに巡らせて微笑むと、アドリー様のサファイアの瞳が熱を帯びた光を放ち、月明かりの下で私たちの唇が静かに重なり合った。


 実りの秋を祝いながら、最強のビジネスパートナーであり最愛の夫婦である二人の絆は、これ以上ないほどに深く、甘く成熟していくのだった。

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