17 私が今すぐ物理的に整地して差し上げます!
季節は移り変わり、あの甘く波乱に満ちた新婚旅行から数ヶ月の月日が流れていた。
ヤトゥルク鉱山の再稼働による経済的な恩恵はルサージュ公爵領全体に行き渡り、領地はかつてないほどの好景気と活気に沸いている。
そして現在、次なる大規模プロジェクトとして領内の広大な農地へ山間部から安定した豊かな水を供給するための大型水道橋の建設が急ピッチで進められていた。
私は前世の現場監督としての血を騒がせながら、今日も特注の分厚い作業用ドレスに身を包み、建設現場の最前線に立っていた。
「奥方様、申し訳ありませんが、次の石柱の運搬もお願いできますでしょうか!」
「ええ、お任せくださいませ!」
私は通常の人間であれば十人がかりで大型のクレーンを使ってようやく持ち上がるほどの巨大な大理石の柱の下に両手を差し込むと、全身の筋肉に静かに力を込めて軽々と肩に担ぎ上げた。
筋力と絶妙な重心のコントロールだけで巨大な石柱を運び、指定された基礎の場所へと寸分の狂いもなく設置していく。
私が柱を下ろすたびに地面が小さく揺れるが、私の呼吸が乱れることは一切なかった。
午前中のタスクを予定より大幅な前倒しで完了させ、現場の端に設営された休憩用のテントで冷たい果実水を飲みながら一息ついている時だった。
私はふと、自身の平坦なお腹へと視線を落とし、誰にも聞こえないように小さくため息をこぼした。
(あれから数ヶ月が経つというのに、私のお腹には妊娠の兆候が全く現れないわ……)
新婚旅行の後公爵邸に帰還してから、私とアドリー様は次代の後継ぎを迎えるためのプロジェクトを毎晩のように遂行してきた。
理性が吹き飛ぶ中で夫の背骨を粉砕しないように努める極限の筋肉コントロール任務は相変わらず過酷を極めているが、アドリー様の溢れんばかりの愛情と深い情熱に包まれる時間は、私にとって何物にも代えがたい幸福なひとときである。
しかし、どれだけ愛情を重ねても、新たな命が宿る気配は一向になかった。
私は自分の硬く引き締まった腹筋を指でそっと押し込みながら、深刻な表情で考え込んだ。
(やはり、毎日現場に出て重機のように巨大な石を運ぶ力仕事ばかりしているのが良くないのかしら。これではコウノトリさんも私が母親になる準備ができているとは思えず、寄り付かないのかも……それとも、私のこの過剰に鍛え抜かれた腹筋のせいで、お腹の中が鉄筋コンクリートのような劣悪な居住環境になってしまっているの?)
前世の建設・不動産知識とファンタジーな世界観が混ざり合った的外れな推測を巡らせ、私は一人で勝手に深く落ち込んでいた。
愛する人の子供を産みたいという純粋な願いが叶わないことへの不安が、心に暗い影を落としていく。
「ラニ様。こんなところで暗い顔をして、一体どうしたのですか?」
突然、背後から優しく穏やかな声が響いた。
驚いて振り返ると、執務の合間を縫って視察と差し入れに訪れたアドリー様が立っていた。
彼は私の表情を一目見ただけでただ事ではないと察したのか、迷うことなく歩み寄り、私の身体を力強く抱きしめた。
「あっ、アドリー様! いけません、今の私は土埃や泥でひどく汚れていて、貴方の上質な服が台無しになってしまいますわ!」
「そんなこと、今の僕にとってはどうでもいいことです。それよりも、貴女が悲しそうな顔をしていることの方がよほど大問題ですよ……何があったのか、僕に話してくれませんか」
彼の真摯で温かい瞳に見つめられ、私は観念して正直な胸の内を吐露することにした。
「その……アドリー様。私、こんな力仕事ばかりしているから、赤ちゃんを授からないのでしょうか。私の身体が頑丈すぎるせいで、子供が住み着きにくい環境になっているのではないかと、不安で……」
私が消え入りそうな声で告白すると、アドリー様は少し驚いたように目を見開いた後、心の底から愛おしそうに微笑んで私の泥のついた頬を両手で優しく包み込んだ。
「ラニ様。貴女は本当に、優しくて真面目な人ですね……ですが、どうかそんなことでご自身を責めないでください。僕の人生における最優先事項は、公爵家の跡継ぎを得ることではなく、愛するラニ様が毎日健やかに、貴女らしく現場で笑ってくれていることなのですから」
「アドリー様……」
「子供は天からの授かりものです。焦る必要はどこにもありません……それに」
アドリー様は私の耳元に顔を寄せ、意地悪く――そして、極上に甘い声で囁いた。
「僕たちは毎晩、あんなにも熱心に、そして濃厚にプロジェクトを進めているではありませんか。僕の愛はすべて貴女の奥深くに注がれているのですから、遅かれ早かれ、必ず実を結びますよ。だから、どうか安心して僕に身を委ねていればいいのです」
そのあまりにも直接的で色気を孕んだ言葉に、私の顔は一瞬にして沸騰したように熱くなった。
落ち込んでいた気持ちなど完全に吹き飛び、心臓が激しい音を立てて脈打ち始める。
私が照れ隠しに何か言い返そうとした――まさにその時だった。
「閣下! 奥方様! 一大事でございます!」
建設現場の最前線で指揮を執っていた職長が、血相を変えてテントへと駆け込んできた。
その顔には、明らかな絶望と焦燥が浮かんでいる。
「どうしたのですか。落ち着いて報告しなさい」
アドリー様が即座に為政者としての顔つきに戻り、職長を促した。
「は、はい! 水道橋の水源となる山間の発掘作業を進めていたところ、地中深くから予期せぬ巨大な古代遺跡を掘り当ててしまったのです! しかも、遺跡の周囲には古代の呪いのような強固な結界が張られており、魔術師の魔法も職人たちのツルハシも一切通用しません。これ以上、発掘を前に進めることが完全に不可能な状態です!」
その報告を聞いた瞬間、現場の空気が凍りついた。
建設業界において、最も恐れられ、そして最も忌み嫌われる致命的なトラブル。
それが――予期せぬ地中障害物の出現である。
事前の地質調査では発見できなかった埋蔵文化財や古代の防衛施設が工期中に見つかることは、プロジェクトの完全な停止を意味していた。
「結界の解除には専門の古代魔法学者を王都から呼ぶ必要がありますが、それには最低でも数ヶ月を要します。このままでは水道橋の工期が大幅に遅延し、今年の農業計画が完全に破綻してしまいます!」
職長の悲痛な叫びが響き渡る。
しかし、その工期の遅延という絶望的な言葉を聞いた瞬間、私の心の中でくすぶっていた個人的な悩みは一瞬にして宇宙の彼方へと消し飛んでいた。
(工期の大幅な遅延……!? 冗談じゃないわ! 前世の社畜時代、地中から巨大な産業廃棄物が出てきて数ヶ月間も現場がストップし、毎日のようにクライアントから地獄の詰めを食らったあのトラウマが蘇るじゃない!)
私の瞳に、現場監督としての強烈なハイライトが戻る。
(赤ちゃんが来ないことを悩んでいる場合ではないわ。まずは目の前の炎上案件を確実に鎮火させなくては。これから生まれてくる未来の子供に、遅延した未完成のプロジェクトという莫大な負債を残すわけにはいかないのだから!)
私は、特注のドレスの袖を力強くまくり上げた。
「専門の学者など呼ぶ必要はありませんわ、職長。その不法投棄された古代遺跡の結界ごと、私が今すぐ物理的に整地して差し上げます!」
「お、奥方様!? しかし相手は古代の呪いでありまして、魔法すら弾く強固な障壁が……」
「魔法が効かないのなら、物理的な衝撃で粉砕するまでですわ。工期の遅れは、領民の生活への致命的な損害。私の筋肉が、そんなコンプライアンス違反を絶対に許しません!」
私は迷うことなくテントを飛び出し、問題の地中障害物が現れたという発掘現場の最前線へと向かって力強く歩み始めた。
背後からアドリー様の楽しげな笑い声が聞こえたような気がしたが、今の私の頭の中には、遅延したスケジュールを力技で前倒しにするという強烈な使命感しか存在しなかった。
怪力令嬢の新たな戦い――いや、過酷な肉体労働が、再び幕を開けようとしていたのである。




