二章2節幕間 赤髪の少女
お父様に連れられて訪れたのは、ヴェルディア家の屋敷だった。
ヴェルディアとは、かつて同じ国だった。
帝国成立の折、大きくなりすぎた国が二つに分かれたけれど――
国防では今も変わらず、空はノルスティア、陸はヴェルディアが担っている。
皇家同士も、血を分けた親戚なのだ。
屋敷の前で、軽く一礼。
ノルスティアの娘として、礼儀はきちんとわきまえているつもり。
「ガイウスおじさま、セナおばさま。ヴィクトリア・ノルスティアです。お招きいただきありがとうございます」
「初めまして、こんにちはヴィクトリア」
私の目線に合わせて微笑んでくれたふたりは、とても穏やかな人たちだった。
その横には、わたしより少し年上っぽい男の子がいた。
涼しげな目元が印象的で、名前はリュカ・ヴェルディア。次期当主だという。
……その陰に、赤い髪の女の子がそっと隠れていた。
私と同じくらいの年。けれど、どこか怯えたような瞳をしていた。
「アグニス、挨拶しなさい。……すまないね、ヴィクトリア。この子、人見知りが激しくて」
「お気になさらずに」
私はにこりと笑い、会釈を返した。
やがて大人たちは屋敷の中へ入り、残された私たちは庭でふたりきりになった。
下を向いたまま、もじもじと動かないアグニス。
ちょっとからかってみたくなって、しゃがみ込んで下から覗き込み、ふっと風を送り込んでみた。
「うわっ……!」
驚いて尻もちをついた彼女に、慌てて駆け寄り、覚えたばかりの回復魔術をかける。
すると、さっきまで固まっていた顔が、ぱっと明るくなった。
「そんなに珍しいの? 回復魔術なんて、誰でも使えるでしょ?」
痛みを和らげるだけの、ごく普通の魔術。
でも、彼女は目を丸くして見ていた。
「あなたの方が魔術使えるでしょ? ヴェルディアの娘なんだから」
無邪気にそう言うと、アグニスの顔にふと影が差した。
聞けば、彼女の力は“炎”ではなく、“揺らぎ”──
空気のわずかな違いを読む、特別な感覚だという。
建国の祖と同じ能力を持ち、周囲から“英雄の再来”と崇められているらしい。
けれど、そのせいで、友達も、いたずらも──
普通の子どもらしい経験が、ほとんどなかったという。
もしかすると、魔術を“いたずらで”かけられたのは、初めてだったのかもしれない。
それを思ったら、少しだけ笑った彼女が、とてもかわいく思えた。
少しおとなしくて、自信なさげで──
でも、芯はしっかりしている。
そんな“普通の子”。アグニスと初めて出会った日のことだった。




