表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

7

 丘を越えると、麓に集落が広がっていた。

 集落の四方と天井は、腐食したり錆びたりする事のない金属製の棒で、まるごと、すっぽりと囲まれている。村が「ケージ」とも呼ばれる所以だ。元々、蟲を操る原住民たちと戦うために設営されたらしいが、今や失われた旧文明、世界を滅ぼしかけた忌まわしき禍学技術の遺産であり、その製法や製造の経緯など、詳細は解明されていない。

二〇センチほどの間隔で金属製の棒を網目状に接合してつくられたケージは、蟲たちの怪力をものともせず、その侵入を阻む。ケージの内側は、世界で唯一、人類に残された安全地帯なのだ。


 しかし。


 ケージは大抵、百人程度の人間が窮屈に暮らせる程度の広さしかなく、日々の生活の場としては自ずと限界が生じる。畑や林、といった暮らしの糧を得るためのものでさえ、占有面積の広いものはケージの外にある事が一般的だ。当然、檻の内に籠っているだけでは生活が成り立たないため、誰もが必要に応じてケージから出なければならず、その時に蟲に襲われ、命を落とす事が多い。

 案内された集落もその類に漏れず、檻の外側に痩せた畑が広がっていた。既に日が暮れ始めているため、畑に人の姿はない。ほとんどの蟲は、夜間に活発に活動するからだ。

 容赦なく照りつける日差しの下で潤いを失い、ひび割れた大地では、人が丹精込めて世話をし続けない限り、作物は育たない。何年もかけて開墾した畑を丁寧に耕し、僅かな収穫を得る事で、人々はかろうじて生き延びているのが現状だ。

 ケージの前に着いた。身の丈の三倍ほどの高さがある、見事な代物だ。旧時代にはこの地は重要な拠点だったのかもしれない。


「おおい、帰ったぞお」


 ジョナサンが手を振って声を掛けると、ケージのそばでこじんまりと焚き火の準備をしていた見張り番が気付いた。つるりとした頭を叩き、立ち上がる。


「ジョナサン! おお、リックも! トマスとデビッドは……?」


 年老いた髭面の見張り番は、さも嬉しげに出迎えかけたが、見た事のない人間が同行している事に気付き、訝しげに眉をひそめた。察したジョナサンが取り繕うべく前に出る。


「デビッドたちは蟲にやられた」


「そ、そうか……」


 沈痛な面持ちながら、視線はヒミコから離さない。


「この人に助けてもらわなけりゃ、私たちも今頃同じ運命だったよ。さあ、長旅でくたくたなんだ。じいさん、早く中に入れておくれ」


「しかし……」


 見張り番は蛹のような風体のヒミコを指差した。


「そいつ、どう見たって普通じゃねえ。護衛には見えねえし……ちびだが、傭兵か?」


「そんな感じだ。とにかく心配ない。大丈夫だよ。直接蟲を倒したのは、お連れの方だけど、この方にだってお世話になって……」


 ジョナサンの言葉もろくに聞かず、見張り番は無遠慮にヒミコをじろじろ見つめている。嫌悪の入り交じったその視線に、ヒミコの苛立ちは頂点に達した。


「ちょっと、いい加減に……」


「おい! さっさとしねえか、馬鹿野郎!」


 ヒミコをしのぐ大声で怒鳴ったのはリックだった。


「この酔っ払いが! こちとら、くそ重ってえ荷物をずっと背負ってんだぞ! 今すぐこの門を開けやがれ!」


「じゃ、じゃが」


「日暮れまでここに居させるつもりか? てめえ、ぶっとばすぞ!」


「わ、わかった、わかったわい」


 見張り番は腰縄に括り付けた樹脂製のカードキーを錠前の溝に差し込み、滑らせた。錠が外れ、一人ずつ入れるほどの幅の戸が、不協和な金属音を立てて内向きに開く。戸口の高さは低く、大人なら屈んで入るのがやっとだ。もちろん、薪を担いだままでは中に入れない。

 ジョナサンは背負っていた薪をばらし、小さな束に手際よくまとめていく。


「早く終わらせちまおうぜ。じいさん、ほら、あんたもこっちに来て手伝えよ」


 同じ作業を始めたリックに手招かれても、見張り番は動こうとしない。


「わ、わしゃ、外へは出んぞ。一歩たりともな」


「てめえ……」


 リックに睨まれて見張り番は身をすくめたが、それでも足を動かそうとはしない。


「うすのろじじいめ」


「そう言うなよ。昔から爺さんが外に出られないのは、お前だって知ってるじゃないか」


「けっ。役にたたねえ野郎だぜ」


「よせよ。じいさんだって長いこと、皆が嫌がる見張り番を、文句一つ言わず、真面目に続けてくれてるじゃないか」

「夜冷え用の熱燗が飲みてえだけだろ。酔っ払いが」


 見張り番本人を前に憚らず、リックは罵り続けた。ジョナサンも宥めるのを諦めている。


「ムシバミってやつは、蟲を殺す以外は能無しらしいな」


 リックの悪態は手伝う素振りさえ見せない補充士に向いたが、当のヒミコは素知らぬ振りでケージを眺め、手で触れている。

 薪を小分けする作業が終わると、まずリックが戸口を潜り、ケージ内に入った。見張り番と一緒になって、外からジョナサンが手渡して来る薪の束を順番に運び込んでいく。あっという間に薪の搬入は終わり、ケージの傍らに堆く積み上げられた。

 最後の薪の束を持ち、ジョナサンが戸口を潜る。続いてヒミコが戸口を潜ろうとした時、


「おめえはダメだ」


 見張り番が割って入り、ヒミコの前に両手を広げて立ちはだかった。太い薪を棍棒代わりに握っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ