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「……なんのつもり?」


「それはこっちの台詞じゃ。おめえの正体、リックに聞いたぞ」


 名前の上がった当人は、凝った肩を回したり、腕を伸ばしたりして知らんぷりだ。それを横目にしたヒミコは、柵の内側に右足だけを入れたまま、見張り番と睨み合う形になった。


「わしゃ、ケージの護りを任されとる。この村の安全を守る責任は、わしと村長にある」


 見張り番は一歩も退かない構えだ。


「だから、おめえみたいな、どこのウマの骨とも分からんもんを中に入れるわけにはいかねえ」


「あたしは殺蟲師匠合(ギルド)の一員よ」


「ギルド? ほれみろ、ムシバミじゃろうが! おめえが頭に被っとるのは蟲の皮じゃろう! うまく分かりにくくしとるが、わしゃ騙されんぞ。まともじゃねえ!」


「じいさん、言い過ぎだ。相手は女の子じゃないか」


「ばかもん!」


 抗議したジョナサンに、見張り番が食って掛かった。


「甘っちょろい事を言ってるんじゃねえ! 成りが女子供だからって油断しちゃなんねえ! いんや、こんな子供のくせにムシバミだなんて、余計に怪しいわい!」


 あまりの剣幕に押され、ジョナサンは口をつぐむ。見張り番は更に声を荒げる。


「ムシバミは蟲を呼ぶ! わしゃ知っとる。蟲を神様の使いだとか言うて、人間を生け贄にしちまうんだ! わしの故郷はそのせいで……」


「それは誤解よ」


 ヒミコが口を挟んだ。


「それはうちの組織じゃないわ。蟲を崇拝するような狂信者達とギルドを一緒にしないで」


「同じようなもんじゃろうが!」


 見張り番は全く聞く耳を持たない。


「おらあ、知ってるんだ。おめえら、蟲の肉を喰うじゃろうが! 蟲は人を喰う。その蟲を喰うなんて、人間を喰ってるのと同じじゃ。そんなやつらを信用できるか!」


「言ってる事が滅茶苦茶よ。野菜も、穀物も、蟲も、ただの食糧じゃない」


「に、人間が食糧じゃと!?」


 勘違いした見張り番は逆上した。


「とっとと失せろ! この、人喰いの化け物めっ!」


「あたしが、化け物?」


 ヒミコは冷静に言うと、大兜を外し、背中へ撥ね退けた。現れた、ごく普通の少女の顔に、見張り番も思わずたじろぐ。


 「見て。あなたと同じ人間よ。ほら」


 ヒミコは外套から両腕を出し、装着していた薄手の手甲も外した。色白で、か細い、どこからどう見ても普通の少女の腕が現れる。しかし、


「や、やかましい。わしゃ、そんなまやかしに騙されねえぞ。とっとと失せろっ!」


 見張り番は手にした薪をやおら突き出した。ヒミコは素早く身を退いてかわしたが、またいでいたケージの敷居に踵が引っ掛かかった。


「きゃっ」と短く悲鳴を上げ、転んだヒミコを見たリックは、


「おう、そこだ。やっちまえ、じじい!」


 愉快げに手を打ち鳴らした。


「おい、よせ!」


「うるせえなっ! ただの喧嘩だろ? やれやれ!」


 咎めるジョナサンに構わず、リックはやんやと声援を送る。勢いづいた見張り番は戸口を潜ってケージの外に跳び出た。起とうとするヒミコの頭上に薪を振り上げる。


「このくそ生意気な小娘めが! おもいしれっ!」


 ヒミコは頭部を守ろうととっさに両腕を上げた。


「ぎゃっ!」


 悲鳴が上がった。振り下ろされた薪の先が割れ、破片が飛び散る。驚いた顔で固まる見張り番。リックも息を呑み、


「……お、お前、何してるんだよ」


 うずくまったジョナサンに声をかける。

 見張り番が殴ったのは、ジョナサンだった。瞬時にヒミコを掻き抱き、その身を挺して庇ったのだ。


「ジョ……ジョナサン、おめえ」


 見張り番は割れた薪を手にしたまま後ずさった。痛みに耐えながら顔を上げたジョナサンは、誰よりも驚いた顔のヒミコを見つめる。


「……だ、大丈夫ですか?」


 言葉のでないヒミコに、ジョナサンは微笑みかけた。


「ご無事なようで……よかった。命の恩人のあなたにお怪我でもさせてしまったら、私は……」


「こ、こんな事で、恩を返せたと思わないでよね」

 つっかかるヒミコに、ジョナサンは怒りもせず、ただ安堵の笑みで応える。


「そんな。思ってませんよ、ヒミコさん。怪我が無くて良かった。本当に」


 ジョナサンはヒミコから離れ、よろよろと立ち上がった。そこへ、


「話はまだ終わってねえぞっ」


 見張り番が握り直した薪を振り上げた、その時だった。突然、見張り番の背中に黒い影が飛びついた。驚いて身を強張らせた見張り番の喉元に、短槍の鋭い刃が突きつけられる。


「……じいさん」


 カインが言った。ぞっとする程、冷たい声。


「その棒っ切れで、何をするつもりだ? まさか、うちの弟子を殴るつもりじゃないよな?」


 身の危険を感じた見張り番は、即座に薪を投げ捨てた。


「お、脅かすだけのつもりで……本気で殴るつもりなんて、最初からなかったんじゃ」


 見張り番の言葉を聞いているのか、いないのか、カインは微動だにしない。当然、突きつけられた刃は退かない。焦った見張り番は更に続けた。


「ジョナサンが急に突っ込んで来たもんじゃから、勢い余っただけなんじゃ。信じてくれ」

釈明する見張り番の横顔を、カインの灰色の瞳が見つめる。怒りどころか、ほとんど何の感情も浮かんでいない眼差しと、見張り番がそろりと横目にした視線が重なる。


(な、なんじゃ。どんな危ねえ奴かと思ったら、まだケツの青い小僧じゃねえか)


 思いのほかカインが若く、何よりその緊迫感のない表情に、見張り番は安心した。


「……二度とヒミコに手を出すな。フリでもだ」


「こけ脅しはやめるんじゃな、小僧」


 一転、見張り番は強気に言った。


「わしゃおめえなんぞ怖くねえぞ。この小娘に手出ししたら、なんじゃ? わしをどうするって言うんじゃ? 殺すのか? 殺せるもんなら、殺してみい!」


 カインは無言だ。活路を見出した見張り番は、引きつった笑みを浮かべた。


「そうじゃ。そうじゃろう。殺せんじゃろうて。わしゃあな、ここへ流れてくる途中、旅先で小耳に挟んだんじゃ。ムシバミには、人を殺しちゃいけねえっていう厳しい掟があるとな。それを破ったムシバミは、匠合に粛清される。匠合長クラスでもない限り……ちがうか?」


「ああ」


 カインがあっさり肯定すると、


「そうじゃろう! この小僧めが!」


 自信を持った見張り番の顔から怯えが薄れていく。


「考えてみれば、当然じゃな。人を平気で殺すような殺人鬼に、おちおち蟲退治なんて任せられんわい。それでも、おめえはわしを殺せるってのか?」


 刃が僅かに動き、見張り番は思わず呼吸を止めたが、それはカインが頷いたからだった。


「……じいさん。あんたの言う通りだ」


 カインは言った。


「あんたを殺した事を匠合に知られたら、僕みたいな平の殺蟲師は一巻の終わりだ」


「ふん! 分かったなら、さっさとわしを放さんかい! この、くそったれムシバミ小僧……」


「逆に言えば」


 見張り番の言葉を遮り、カインは刃にほんの少しだけ力を込めた。


「匠合に知られなければ、何をしても構わないって事だ」


「な……なんじゃと?」


「普通、死体は喋らない。そういう事さ」


 真っ青になった見張り番の喉仏に、刃の切っ先が触れる。


「やめなさい!」


 ヒミコの鋭い言葉が飛ぶと、カインは手を止め、短槍を引っ込めた。


「脅しはもう十分よ。放してあげて」


 カインは頷き、見張り番の背中を軽く押した。腰が抜けた見張り番は、その場にへなへなと座り込む。地面に広がったシミは、失禁のためだろう。面白がって見ていたリックも顔色を変え、おとなしく成り行きを見守っている。

カインは短槍を半回転させ、腰に吊るした。ヒミコに歩み寄り、手を差し伸べる。


「大丈夫か?」


「まあね」


 服についた砂を払いつつ、ヒミコは一人で立ち上がる。カインは所在なげに、しかし慣れた様子で出した手を引っ込めた。


「あんたが生きてて、がっかりしたぐらいかしら」


「歓迎されてないみたいだな」


「あんたが、あたしに?」


「いや、ヒミコと僕が、ここの人たちに……」


「いつも通りよ。何もかも」


 肩をすくめたカインを、ヒミコがじろりと睨む。


「……で、ずいぶん早いお越しだけど、見つけたんでしょうね。全部」


「探したんだ。だけど……」


 言い淀んだカインの向こう脛を、ヒミコが思い切り蹴り飛ばした。無言でうずくまるカインの後頭部をちらりと見下ろし、ヒミコは鼻を鳴らす。


「言われた事をきちんとする。そんな簡単な事もできないの、あんたは」


 痛そうに脛を摩るカインを残し、ヒミコは一人、さっさと戸口を潜った。


「あの……お連れさん、大丈夫なんですか?」


 カインを気遣うジョナサンに、ヒミコはひらひらと手を振った。


「いいの、いいの。いつもの事だから。さっさと行きましょ」


 戸惑いつつもジョナサンがヒミコを先導し歩き出すと、カインも立ち上がって戸口を潜り、足を少し引きずるようにして、ひょこひょことその後を追い始めた。十歩ほど歩いたところで、カインは足を止め、背後を振り返った。反射的に硬直した見張り番と視線を合わせる。


「ひとつ、あんたに忠告しとく」


 カインは手の甲で腰の短槍を軽く叩いた。


「脅しじゃないぞ」


 見張り番は声にならない悲鳴を上げ、何度も頷いた。

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