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蟲、と呼ばれる巨大生物が大地に君臨して久しい。
語られる歴史によれば、その誕生は、古来、この島に移住してきた民、つまり現在の住人たちを追い出すため、原住民の蟲使いたちが戦いの道具として使役した事が始まりとされる。
元々、蟲は大きい種類でも人間の手の平に乗る程度のサイズだったのだが、裏切り者の禍学者の手によって品種改良を重ねられ、進化し、現在のような巨躯を有するようになったらしく、移住者たちは全滅寸前まで追いつめられたそうだ。
最終的に、原住民達は制御しきれなくなった蟲たちに襲われ、自滅する事になるのだが、彼らに使役されていた強靭な生命力を有する蟲たちは滅びる事なく、生き延びた。
蟲の分厚い外骨格は、いかなる武器をも弾ね返す、無敵の鎧だ。外殻に守られた筋組織は、自身の何倍もの重さの物体を軽々と運び、自身の何十倍の高さを跳ぶ。翅を持つ種は長時間、空を飛行できる。
金属の精錬技術をはじめ、科学技術の多くが失われたこの世界で、巨大化した蟲たちの力は人類に対して圧倒的で、蟲に襲われれば、いかなる抵抗も無意味だ。肉食の無慈悲な蟲たちにとって、単なる餌に成り下がった人類は、衰退を越え、滅亡の一途をたどっている。
「……ねえ、まだ着かないの?」
滝のように流れる汗。日が傾き始めているとはいえ、少し動いただけで、これだ。不機嫌さを隠さないヒミコを、
「あの丘を越えれば、すぐですよ。ケージが見えて来ますから」
ジョナサンが宥める。
「あの丘って……」
真っ平らに続く大地にぽっかりと、小高い丘が握りこぶし程のサイズに見えている。
「まっだまだじゃない。もっと近いと思ってたわ」
ヒミコは溜め息を吐き、水筒の水を少しだけ口に含んだ。
「こんなにのろのろ歩いて、今日中に着けるの?」
確かに、一行の歩みは遅い。しかし、元々担げる限りの薪を背負っていた上、殺された仲間たちの薪まで都合二倍、手分けして担いでいるジョナサンとリックにとっては、これでも最大限努力しているのだ。ジョナサンは苦笑しただけだったが、リックは怒りを堪えて顔を紅潮させている。
「それで」
ヒミコは気遣う素振りさえ見せず、言葉を続ける。
「あんたたち、こんな遠い所まで何しに来たの?」
「これです」
ジョナサンは背負っている薪を視線で指し示した。
「我々の村には木がありません。毎日の煮炊きは枯れ草や藁を使って凌いでいますが、これから冬に入ると、夜は暖をとるために薪が必要です。ですから毎年今頃になると、ケージの中に林を持っている隣村まで行って、うちの畑で採れた作物と薪を交換してもらうんですよ。いつもは安全な道を通るんですが、今回は余りにも荷が重くって……。近道しようとしたのがまずかったんです。そのせいで、デビッドとトマスが……」
「死んじゃった人間の事は仕方がないわ」
ひらひらと手を振るヒミコ。
「そもそも、護衛も雇わずにケージの外に出ること自体、自殺行為なんだから。自分たちから進んで蟲の餌になりにいってるようなもんよ」
「仰る通りなんですが、護衛を雇う余裕なんて、我々のような小さな村には、とても……。かと言って薪を手に入れて来なければ、村人全員が冬を越せずに凍え死ぬ事になります。例え命を懸けてでも、自分たちでやるしかないんです」
「はいはい。つまり、貧乏な村って事ね」
落胆を隠そうともしないヒミコに、ジョナサンは再び苦笑する。
「なあ、あんた」
一行の最後尾で一番多く薪を担いでいる筋肉質の男、リックが険悪な声で言った。ヒミコが半眼で振り返る。
「少しは手伝ってくれてもいいんじゃないか?」
「よせ、リック」
「だってよ、さっきから黙って聞いてりゃ、遠いだの、疲れただの、歩くのがのろいだの、挙げ句の果てには村が貧乏だの、好き放題言ってくれてよ」
「おい。命の恩人に失礼だぞ」
「俺だって、命を救われた事には礼を言うさ。だけどよ、早く村に着きたけりゃ、あんたも薪を担いでくれりゃあいいんだ。そうすりゃ俺たちだってもっと早く歩けるじゃねえか。死んだ奴らの分を全部担いでくれとは言わねえ。半分、いや、ほんの少し担いでくれるだけでも……」
「それは殺蟲師匠合員であるあたしへの正式な依頼?」
ヒミコは無表情に続ける。
「正式な依頼なら喜んで受けるわよ。ただし、支払いはちゃんとできるんでしょうね?」
そう言われては押し黙るしかないリックを、ヒミコは鼻で笑い、再び歩き始めた。
「ムシバミめ……!」
リックは舌打ちし、地面に唾を吐いた。




