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「……何の用?」
声を低め、ヒミコが問う。油断はできない。危険な場所で出会うものは、蟲であれ人であれ、全て危険だ。用心するに越した事はない。それを察したのか、男はフードを外し、柔和な笑みを見せた。
「助けていただいてありがとうございます」
さらりとした金髪に、細めた眼には淡いブルーの瞳。端正な顔立ち。有り体に言えば、かなりの二枚目だ。
「失礼ながら、お二人のお話を聞いておりまして……。お礼と言っては却って失礼かもしれませんが、良かったら、
うちの村にお越しいただけませんか? ささやかながら、おもてなしをさせていただきたいと」
柔らかい物腰。知性を感じさせる上品な言葉遣い。見た目だけでなく、そういうところも含めて、ヒミコが密かに思いを寄せている凄腕の殺蟲師、〈白騎士〉ストライカーに似ていなくもない。
だが、とヒミコは気を引き締める。一見危険に見えない奴こそ要注意だ。無償の善意ほど、裏に何が隠れているか分からない。亡き母の言葉を思い出し、ヒミコは敢えて顔をしかめて見せた。
「あたし達が何だか分かって言ってるの?」
「蟲を殺せる人間と言えば……」
男はもう一人の、頬骨の張った筋肉質の男と顔を見合わせてから、おずおず、といった調子で切り出す。
「ムシバミ……でしょう?」
不躾にならない程度に言い、こちらの出方を探っている。節度のある好もしい態度だ。紳士であるストライカーをのぞけば、男と言えば大抵、粗野か、根暗か、乱暴か、馬鹿か、変態か、或いはその組み合わせしか知らないヒミコにとっては、とても珍しく、不思議に……つまるところ、とても素敵に映った。
「分かっていて、あたし達を招いてくれるの? 怖くないの?」
「怖い、ですか?」
男は声を上げて笑った。思わず見とれそうな爽やかな笑顔。
「命を救っていただいたのに、怖くなどありませんよ。何より、あなた方は噂で聞くムシバミのような恐ろしい人には、とても……」
「ストップ。追従は不要よ。何が目的?」
ヒミコに途中で遮られ、男は苦笑した。
「いやはや、手厳しい。正直、あなたがた蟲狩りの専門家が一緒だと我々も心強いので」
その返答に、ヒミコは頷いた。
「ギブアンドテイクという事ね。そういう事なら構わないわ。取引成立よ」
「ありがとうございます。ああ、申し遅れましたね。私はジョナサン、こっちはリックです」
ジョナサンに促され、強張った顔のリックは申し訳程度に頭を下げた。
「あたしはヒミコ。こっちのはあたしの師匠で、殺蟲師のカイン」
軽く会釈したカインは、ヒミコに押し付けられた荷物を担ぎ、立ち上がった。
「こらっ!」
歩き出そうとしたカインの尻を、ヒミコが蹴飛ばす。
「なにやってんの?」
「この人たちの村が、今日のねぐらだろ?」
蹴飛ばされた尻を摩りながら、カインが言った。
「さっき言ったでしょ? あんたは使った道具を回収してからよ。あとから追いかけて来なさい」
「だけど……」
蚊の鳴くような声で、カインが言った。ヒミコは溜め息を吐く。
「だけどじゃない。なくしたまんまじゃ仕事になんないでしょ。武器も道具も、うちのはぜんぶ特注なんだから。新品を買い揃える余裕なんて、うちにはないの、知ってるでしょ。あんたと一緒に野垂れ死になんて、絶っっっ対に御免だからね、あたし」
「……うん」
「分かったら、さっさと探して」
渋々うなずいたカインは、言いつけに従って、使った武器を探し始めた。砂に埋もれて表面が固まってしまっては、二度と見つけ出せなくなってしまう。
「よし。さ、行きましょ」
歩き出したヒミコと、その背後できょろきょろと頭を巡らせるカインを見比べ、ジョナサンは弱り顔だ。
「ヒミコをよろしく」
探す手は休めぬまま、カインが言う。顔を向けもしない。
「あ、はい」
ジョナサンが応じる間もなく、
「何してんの」
ヒミコが言った。立ち止まって、ジョナサンが来るのを待っている。
「どっち行ったら良いか分かんないでしょ。案内してくんなきゃ」
ジョナサンはカインの背中に一礼し、リックと共にヒミコの元へ向かう。
「それでは、ご案内します。……本当にいいんですか?」
「もちろん。あいつなら、一人で大丈夫よ」
即答したヒミコに、ジョナサンが微笑みかける。
「彼を信頼しておられるんですね」
「あたしが?」
ヒミコは顔をしかめ、乱れた首周りの着衣を整えた。
「このあたしが、あいつを信頼してるですって?」
歪んだ大兜を被り、一人先を行くリックに続いて歩き始める。
「ぶっ殺してやりたいわ。今すぐにでも」
しばらく後。去っていくヒミコ達の姿が完全に見えなくなる寸前で、カインは手を止めた。見つかったのは長槍の柄と、とっておきの短槍ひと振りだけ。全部は回収できていない。
「怒られるんだろうなあ……」
カインは困り顔で頭を掻くと、残された足跡を辿って歩き始めた。
砂と岩だけの静寂の中、風に煽られたオオアリの亡骸が、どさり、と地面に横倒しになった。毒の回った肉を食べる蟲はいない。生命の循環の環から外れたオオアリの死骸は、ただ、ゆっくりと砂に覆われていく。




