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 ぼそりと独りごちる。


無料(タダ)で頼まれもしない蟲退治をしたのを匠合(ギルド)に知られたら、また匠合長(ギルドマスター)に大目玉食らうじゃない。ライセンス剥奪されるだけじゃ済まないかも……。そしたら、どうすんのよ。……バカ」


 崩れた瓦礫の山を回り込む。その陰で、瀕死だった男は、かろうじてまだ生きていた。かすかに胸が上下している。強張っていたヒミコの表情にもわずかに安堵が浮かぶ。


「良かった。生きてて」


 ヒミコは膝を折り、男の顔を覗き込む。


「死なれてたら、本当に無駄骨になるとこだったわ」


 懐に入れておいた髪飾りを取り出し、朦朧としている男の鼻先に突き出す。


「これ。分かる? セレナって人に届けたいんでしょ? あんたが死んでも、あたしが届けてあげるから安心なさい」


 男は僅かに頷いた。


「じゃあ訊くけど、あんたのケージはどこ? その程度の装備しか持ってないなら、ここからそんなに遠くないんでしょ? ほら、死ぬ前に教えなさい、ほら」


 ヒミコは瀕死の男の頬を容赦なく叩く、叩く、叩く。


「ヒミコ!」


 焦った声。と共に背後から駆け寄ってくるカインの足音が聞こえる。ヒミコは全部聞こえないふりをして、男の胸ぐらをつかんで揺さぶった。


「ヒミコ、おいっ!」


「……うるっさいわね」


 苛立ち、ヒミコはついに振り返った。短槍一本を片手に必死の形相で駆けてくるカインに、更に苛立ちが募る。


「なんか文句ある? もう死にかけてるのよ? これ位しないと何も聞き出せないでしょ!」


 人道的にどうなどと悠長な事を言っている場合ではない。この男から一刻も早く情報を得なければ、次に死ぬのは自分たちなのだ。


「やめろっ!」


 怒鳴った飛んできたカインに抱きつかれたヒミコは、悲鳴を上げる間もなく二人で団子になって転がった。


「なにすんのよっ!」


 抗議しても、カインはヒミコを抱えたまま離そうとしない。どころか、


「静かに」


 自らの指でヒミコの唇を塞ぎ、黙らせた。ようやく、ヒミコはカインの緊張に気付いた。その張りつめた視線を追って振り返る。

 さっきまでヒミコが居た場所に、新たな蟲が現れていた。

 先ほど一戦交えたオオアリより一回り大きい。腹部がやや長く円筒状に伸びており、尻の先端からは針が突き出ている。開いた背甲から左右対称に延びる、薄く半透明な翅。


「ヒメバチ……」


 ごくり、と喉を鳴らしたヒミコに目もくれず、ヒメバチは瀕死の男の体をまさぐっている。男が抗わず、じっとしているのに満足したのか、ヒメバチは前方の二対の脚で挟み込んだ。大切な宝物を抱えるように、そっと、優しく。


「たすけ……」


 男は弱々しく声を漏らしたが、ヒメバチはブン、と翅をふるわせ、男を抱えたまま軽々と空へ舞い上がると、そのまま一直線に飛び去った。その姿はあっという間に見えなくなる。


「……なんだったんだ?」


 ヒメバチが飛び去った空を見上げ、カインは首を傾げた。先刻の戦いの疲労と負傷で、立ってはいるが、足元が覚束ない。その様子を見たヒミコはカインの腕を振り払い、鼻を鳴らした。


「決まってるでしょ。ヒメバチなんだから」


「ああ、そうか」


 カインはぽんと手を打った。


「ヒネ(、、)バチだもんな。なるほど」


 うん、うんとうなずくカインを冷たい眼差しで見つめるヒミコ。


「……少しは蟲のこと勉強すれば? 殺蟲師のくせに」


「苦手なんだよ。字を読むと、眠くなるから」


「あんたに得意な事なんてある?」


「それ、お師匠にも良く言われた」


カインは苦笑いし、頭を掻く。


「なにヘラヘラしてんのよ。悔しくないわけ?」


「なにが?」


「……もういい」


 ヒミコはぷいと顔を背けた。少し風が強くなって来ている。砂嵐にまではならないだろうが、万一という事もある。


「じきに陽も暮れるわ。さっさと移動して、ねぐらを探さないと」


 ヒミコは置きっぱなしにしていた荷物を背負った。嵩のある荷物は、小柄なヒミコにとって文字通り重荷だ。


「あ、あの……」


 突然、背後から声を掛けられた。反射的に身構え、振り返るヒミコ。オオアリに追われていた男たちだ。とっくに逃げ去ったかと思っていた。

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