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エルドールは顔色を変えた。
「オスカー!」
隣室に控えていたのだろう。呼ばれた傭兵長と副長が即座に謁見室に駆け込んで来る。
「お呼びで。閣下」
濁声の傭兵長オスカーは髪も髭も一緒くたになったような風体だ。短身だが筋骨隆々である事は鎧の上からも分かる。対照的に副長の弟は禿頭の巨漢だ。これが名の聞こえたオスカー兄弟。潜り抜けて来た修羅場は数えきれまい。
「……やる気?」
腰に下げた棍棒の柄に手をかけたオスカー弟に釘を刺す。正直、物の数じゃない。
「そいつを抜いたら、もう冗談じゃ済まさないわよ」
まさに一触即発。
早く抜け、でかぶつ野郎。デブのご主人様共々、思い知らせてやる。緊張が張りつめる謁見室に、
「お館様! お館様!」
場違いな子供の声が響いた。
「お風呂です! お風呂が沸きました! お風呂が……わ、わわわっ!」
部屋に駆け込んで来たジジが、つまずいて転ぶ。真っ白なエルドールの衣の裾に真新しい灰がぶちまけられた。
「何をやっとるか、このクズめが!」
エルドールは痛めた足首を摩るジジを蹴倒した。ジジは頭をペコペコさせ、部屋を出て行く。
「ふん、興が冷めたわ! オスカー、リトルオスカー。行くぞ!」
エルドールは灰で汚れた衣を荒っぽく引きずって出て行った。
「命拾いしたな」
「無事にここを出られると思うな」
オスカー兄弟は床に順番に唾を吐き、ずっとあたしらを睨みつけたまま退室した。
「どうしてお前はいつもそう……」
ランディの呆れ顔をスルーして、中庭に出た。青染めにも使われるミズアオキの花が満開を迎えており、足元は小さな青い花で埋め尽くされている。食用じゃない草が植えられてるだけでも贅沢だってのに、池まである。花を育てるためだけに水を引いてるようだ。貧乏人から搾り取った成果がこのお屋敷ってワケね。
あたしは別に、こんな下らないものを見に来たわけじゃない。池の縁で一人、ジジは縄投げをして遊んでいた。先端に石を巻き付けて重りにした縄を頭上でくるくる回し、横投げする。重りは空中に水平に円を描きながら飛んでいき、対岸の土に立てられた板きれを弾きとばした。
「へえ」
思わず声を上げた。なかなかのコントロール。ジジはあたしが後ろから近寄って来た事にとっくに気付いているはずだが、振り返りもしない。黙って重りを引き寄せ、再び頭上で回し、放つ。重りは先ほどの板きれより少し小振りの的に当たり、はね飛ばした。
「うまいもんね」
言いながら、ジジの隣に足を進め、草むらに腰を下ろす。
「ずいぶん練習したんでしょ?」
ジジはちらりとあたしを見て、肩をすくめた。
「こんなの大した事ないよ。ガキの遊びさ」
「そうかい? なかなかのもんだよ。いっぱしの投石器ぐらいの殺傷力はあるさ」
「他にただで簡単に作れる武器があれば、教えてくれよ。おばさん、ムシバミだろ?」
「あんたがムシバミになったら、嫌でも教えてもらえるよ」
「オレが……ムシバミに?」
ジジは息を呑んだ。そりゃそうだ。普通、進んで蟲化病になりたい奴なんていやしない。黙ったジジに、あたしは本題を切り出す。
「さっきは、なんでわざと転んだんだい?」
また無愛想に答えないかと思ったが、意外にもジジは口を開いた。
「あのままだったら護衛たちごと、お館様がおばさんに殺されると思ったから」
「へえ、よく分かってるじゃないか」
まだチビのくせに、格の違いに気付くとは。
「あんた、あのデブが好きなのかい?」
おっと。あたしがニヤニヤしてたのが気に障ったのか、ジジは思いっきり眉をひそめた。それから、首を左右に振る。
「……好きじゃない。でも、あのデブがいないと、奴隷のオレは働く場所がなくなる。そしたら飢え死にだ。それはイヤだ」
「へえ。自分の立場をわきまえてるってわけだ。おチビのくせに、なかなか賢いじゃない。あたし、賢い子は嫌いじゃないわよ」
「オレも、おばさんは嫌いじゃない」
ジジは重りを引き戻し、縄を丸めた。
「あのデブに、真正面からクズって言ったのは、おばさんが初めてだ」
そう言ってジジは不気味に口を歪ませ、走り去って行った。
「すごいですね。さすがです」
入れ替わりにやって来たジャンが言う。
「あいつが笑ったのなんて、初めて見ましたよ」
え? 今のあれって、笑ったの? あたしは爆笑した。




