4
領主館は山の裾野を削って造られた建造物だ。石造りゆえに粗い印象を受けるが、ひとたび扉を潜ると一転、内部は白い光沢のある謎の素材で覆われており、不気味なくらい清潔だ。しかも、ほとんど掃除や手入れをしなくても良いらしい。散らかしっぱなしのあたしの部屋にも是非欲しい。
造り付けの腰掛けに座ってると、奥から衛士たちを引き連れて領主が現れた。床を引きずる程の長衣を纏っている。素材はいかにも柔らかそうだ。その膨れた頬や、突き出た腹のように。
エルドール。
代々この砦の主の家系に生まれ、砦の名を冠する男。何世だかは忘れた。
「これはこれは。ムシバミの皆さん。遠路はるばる、よくお越しになられました。ときに、この度はどういった御用向きで?」
エルドールが言った。
「実は……」
挨拶もそこそこに、ランディは強力な蟲が砦に接近している事を告げた。もちろん、匠合の禁忌に触れる詳細は避けて説明する。
「強力な蟲、ですか……」
エルドールは思案げに、たるんだ顎を撫でている。
「ケージと櫓で守られた、わたくしの砦に、幾ら強力とはいえ蟲ごときが侵入できるとは思えませんが」
「油断は禁物です。今回の蟲は、その……少々特別でして」
そうなのだ。個体差はあるが、実際、ヒトガタがケージを破壊、突破したという話も聞く。あくまで噂話だが。
「ふうむ。本当に、そんな蟲が実在するのですかねえ」
エルドールは独り言を装って続ける。
「そんなでっち上げまでして、ここの守備権を取り戻したいとは……いやはや」
「……仰る意味が分かりかねますな」
ランディの言葉に剣呑さが宿る。
「ああ。これはご無礼を。つまらぬ独り言。お聞き流し下さい。ところで、然様に強力な蟲を相手に、そちらはお三方だけですか?」
うん。ま、そう思うわよね。元々、討伐隊はランディとジャンの他に、エロンゾと、Bランクの殺蟲師がもう一人、あとそれぞれの補充士が一人ずつ付いて計六人編成だった。ヒトガタ討伐としては標準的な精鋭部隊だ。そこにあたしが加わり、七人で出発したわけだが、無事に着いたのは、あたしたち三人だけだった。
ちなみに、Bランクの殺蟲師と補充士二人(名前は覚えてない)は、道中出くわした蟲の大群との戦闘で、あえなく蟲の餌食になった。冥福を祈ろう。エロンゾはその時に大怪我を負ったものの、ジャンの機転で一命は取り留めた。一応、匠合員が共同で使う隠し穴(通称、ねぐら)に置いて来たから、ランディが帰りに拾ってやるんだろう。あたしは知らない。嫌いだし。あんな変態、ジャンも放っときゃよかったのに。
「少々手違いはありましたが」
ランディが言う。
「我々だけでも十分任務は遂行できますので、ご安心を」
「構いませんとも。当家としては、あなた方の人数は少ない方が良い」
エルドールは腹を揺らして笑う。
「あなたがたの食う飯も飲む水も休む寝床も、わたくしどもで用意しなければならないのですから。いやはや、先代もとんだ契約を結ばされたものですよ。未来永劫、緊急時には投入したムシバミの衣食住の面倒を見なければならない、とは」
ランディの頬が引きつり、髭が僅かに吊り上がった。おっ。怒ってる怒ってる。そんな様子など意にも介さず、エルドールは更に続ける。
「誤解なさいますな。わたくしも商人の端くれ。もちろん、どのような不当な契約であれ、ひとたび交わされた以上は我がエルドールの名にかけて必ず守りますよ。信用問題になりかねませんからな」
「同感ですな。これ以上の匠合との軋轢は、賢明な領主ならば避けるのが賢明です」
今度はエルドールが眉を寄せた。以前は匠合が砦の防衛を一任されていたのだが、当代になって砦で直に傭兵団を抱えるようになってからは匠合に対する態度が一変、駐在していた殺蟲師を全て追い出した。確かに、砦を護るだけなら傭兵どもで十分だろう。ケージに近付いて来た蟲を殺す必要がないなら。
「……民衆は見殺しですか」
ジャンが呟いた。エルドールは笑みを崩さない。
「お若い方。何と仰いましたかな?」
「民衆は見殺しにするのか、と聞いたのです」
「……民衆?」
「砦の外の人々です」
「おお、お若い方。これは奇妙な事を仰る。奴らは、わたくしの民ではありません。わたくしの民は、わたくしの砦の中に住み、定められた税を滞りなく納めている者だけ。外のクズどもが死んだから、なんだと言うのです? わたくしには関係ありませんね」
「慎め、ジャン」
拳を固めたジャンの肩に、ランディが手を乗せた。落ち着け、という事だ。ジャンは唇を噛み締め、言い付けに従う。こういう素直なところも含め、ジャンは本当に良い子だが、正義感が強すぎる。放っておいたら、このおデブの首をはね飛ばしかねない。
ここはいっちょ、大人のあたしが手本を見せてやらねば。大人の対応ってのをね。
「ご領主様の仰る通りよ、ジャン」
そう言って進み出たあたしを、驚いた顔でジャンが見つめる。
「クズは生まれつきクズなんだから、仕方ないのよ」
「……たとえ貴方でも、今の言葉は許せません。取り消して下さい」
いつもはキラキラ輝いているジャンの蒼い目が曇っている。おお、こわっ。
「そちらの殺蟲師さんは、よくお分かりのようだ」
エルドールは突き出た腹を揺らして笑う。
「世の中には、救う価値がある人間と、救う価値のないクズで構成されているという事を」
「仰る通り。生きる価値のないクズは、さっさと死ねばいい」
満足げに頷くエルドールに、私は笑みを向けた。
「救う力があるのに救わない、あんたみたいなクズはね」




