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砦の大門が見えて来た。ひときわ大きな櫓で左右を固められた立派な門だ。大きさは大型の蟲が手をつないで並んで通れるほど。でかい。いつ見ても思う。誰が、なんのために、こんな馬鹿でかい門を造ったんだろう?
櫓の上の門番に向かって決められた順序で手信号を送ると、門柱に隣接した詰め所から、揃いの茶色い貫頭衣を着た衛士が現れ、人サイズの通用門を開いた。そこを潜り、柵内へ入る。
「俺たちも入れてくれえ」
あたし達の後に続こうと何人かが外から群がって来たようだが、衛士たちに追い払われる。
「最低一年分の食糧、水、もしくはその在処の情報、あるいはそれらに比類する物品を納めろ! そうすれば我らがエルドールの民として迎え入れてやる!」
背後で通用門が閉まり、群がった人々の嘆きの声が上がる。それもそのはず。柵の内側は、外とは別世界だった。整備された田畑が、柵沿いにどこまでも広がっている。その農耕地を通り過ぎて居住区に入ると、地面は均された砂地に変わる。たくさんの人が笑顔で行き交い、朗らかに挨拶し、言葉を交わす。石材を使った家々が立ち並び、明かり取りの窓からは湯気と共に食べ物のにおいが立ちのぼる。真新しい井戸では子供が水遊びに興じ、その様子を親たちは微笑みながら嗜めている。大通り沿いには上品な露天商が並んで座り、様々な品を並べ、色々な物と交換している。
豊かさを体現したような街。ここへ来ると、人の営みの逞しさに、いつも驚かされる。無精なあたしでさえ、久しぶりに、ちょっと買い物でもしようかなんて思ったりするんだから。
「おい、ジジ! 今日はセミの物まねをしてみせろ!」
餓鬼どもの声。何かの遊びだろうか。ちょっと仕立ての良い服を来た四人の餓鬼が、灰まみれの薄汚いチビを取り囲み、寄ってたかって頭や体を小突いて、からかっている。
「お前、外で直に見た事あるんだろ! 近くでよお」
「水浴びみたいな小便ひっかけられたんだってさ」
「うわ、きったねえ!」
「きったねえ、きったねえ。ジジ、きったねえ」
嬉しげに囃したてながら、じっと立ったままのチビの周りを踊り回る餓鬼ども。餓鬼なんて、どこに行ってもこんなもんだ。餓鬼は純粋さであるが故に、残酷なのだ。
「こら、ジジ! 早くやれよ、セミの真似!」
焦れた餓鬼が、立ちぼうけのチビの背中を押した。よろけたチビは地面に手をつく。
「……やったら、何をくれる?」
チビは顔も上げず、ただ呟いた。チビのくせに、なかなかのふてぶてしさ。癪に障る物言いだ。案の定、
「なんだと? ジジなんかに、やるもんはねえ!」
「おまえ、ジジのくせに生意気だぞ! この白髪頭!」
頭に血の上った餓鬼に蹴り伏せられ、全員に交代で踏みつけられ、灰まみれだったチビは砂まみれになったが、一切やり返しはしない。賢明だ。勝てないと分かってる戦いをするのはバカだ。息を荒げた一番体の大きい餓鬼が、地面に倒れたチビの襟首を掴んで強引に立ち上がらせる。チビは相変わらず脱力したまま、全く抵抗しない。
「おっ、なんだそれ?」
はだけたチビの首元に青色の布切れが巻かれているのに気付いた餓鬼が声を上げた。
「それ、青染めじゃねえか? ちょっと見せてみろ!」
「さわるなっ!」
チビは餓鬼の手を素早く振り払った。突然の反抗に餓鬼は一瞬たじろいだが、
「こいつっ! よこせって言ってるだろ!」
「いやだっ!」
「くそっ! やっちまえっ!」
わっと気勢が上がり、餓鬼どもの手が一斉に伸びた。チビは首に巻いた青い布切れを奪われまいと、両手でしっかりつかみ、体を丸めて抵抗する。
唐突に、布が裂けた。力一杯引っ張っていた餓鬼の一人は、やっと奪取した戦利品をまじまじと眺める。その表情が驚きから嘲りに変わっていく。
「なんだこりゃ? お前、こんなボロ布が大事なのか?」
「青染めじゃなきゃ、壁の外の貧乏ったれどもが着てる服みたいだぜ」
「それに、くっせえ! 雑巾の方が、まだマシだぜ」
けたたましく笑う餓鬼ども。いい加減、やかましい。
「もうよせ、おまえら!」
あたしが口を開く前に、ジャンが怒鳴った。珍しい。驚いた四人の餓鬼の視線がジャンに集まる。ジャンは大兜を外し、四人の餓鬼を順番に睨んだ。
「な、なんだよ、お前?」
大将格の餓鬼が、勇敢にも言い返した。その袖を、背後から別の餓鬼が引っ張る。
「おい、やめとけよ。あいつムシバミだぜ。うちに来た事がある」
「げえっ! 病気がうつる! 逃げろ! 蟲になっちまうぞ!」
はしゃぎながら逃げて行く餓鬼どもを追う程、ジャンはもう子供ではない。すぐに睨むのをやめ、餓鬼が投げ捨てて行った布切れの破片を拾い上げた。
「……ほら。大切な物なんだろ?」
ジャンが差し出した青い布切れを、チビは座ったまま、奪い取った。礼の言葉一つもない。まあ、なんて可愛くない。
「立てるか?」
「うるさいっ!」
差し出されたジャンの手を、チビは叩いて振り払った。
「こんなものっ!」
首に巻いていた布切れを乱暴に毟り取り、千切れた破片と一緒に左右の手でぐちゃぐちゃにこね回してから地面に叩き付けた。
「こんなものっ! こんなものっ!」
ぐりぐり踏みにじり、更にボロボロにした布切れを拾い上げ、再びぐしゃぐしゃにして地面に叩き付ける。そして再び踏みつける。せっかく守り通したってのに……何やってんだろ?
「……こんなものっ……」
最後にそう言って力一杯ひと踏みしたチビは、布切れの束を拾い上げ、懐にまとめて突っ込んだ。そのまま振り返りもせずに駆けて行くチビを、ジャンは悲しげに見送っている。
「あの無愛想なチビ、知り合いかい?」
「ええ」
ジャンは振り返りながら、頷いた。
「あいつ、ここの領主館で下働きをしてるんですよ。たいてい飯炊きとか、風呂焚きとかの手伝いをしてます。そのせいで頭が灰だらけで白髪みたいだから、みんなからは爺って呼ばれてます。前に任務で立ち寄った時に会いましてね。世話になったというか……」
「へえ」
「噂だと、生まれはケージの外で、物心ついてすぐ、親に売られたとかで」
「よくある話だね」
「まあ、そうなんですが……。あいつが持ってたあのボロ切れ、なんだと思います?」
さあ。興味ない。あたしは肩をすくめた。ミズアオキを使った青染めの布は、血止めや殺菌の効果があるため、あたしら殺蟲師の装備の下地にも使われたりする貴重品だが、あそこまでボロだと使い道がないから、価値がない。
「あれ、ジジの親がジジにくれた、たった一つの物らしいんです」
ジャンは言った。
「あいつ、あれを持ってれば、いつかまた実の親に会えると思ってるんですよ」
「自分を売り飛ばした親に会いたいんだ」
「ええ。でも、その会いたい理由っていうのが……」
「復讐かい?」
ジャンは頷いた。
「あいつ、言ってたんです。自分を売った見返りに、自分の親は砦に入る権利を買ったはずだ。きっと今頃、この砦の中のどこかで良い暮らしをしてるんだろう。いつか探し出して、絶対復讐してやるって」
「自分を売った親に復讐するために、親に貰ったボロを後生大事に持ってるってのかい。あきれたね。なんてひねた餓鬼だ」
子供を売る理由も、親によって様々。別にあのジジとかいうチビに取り立てて同情する余地はない。だが、ジャンは違う。悲しげなその表情に、おばさんは胸がキュンとなっちまう。
本当、良い子だわ。




