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ランディは自惚れ屋のナルシストだが、腕は確かだ。その弟子のジャンは元々素質があったようで、まだ受肉していない補充士にも関わらず、既にCランクの殺蟲師ほどの戦闘能力を身に付けている。
何より、とっても良い子だ。
顔立ちも可愛いし、いい男に……もとい、いい殺蟲師になるだろう。
山の峰を渡る三日間の危険な強行軍を敢行したお陰で、多少の犠牲は払ったものの、街道を進んで来るヒトガタより先回りができたはずだ。これで、砦の傭兵団と力を合わせ、万全の体勢でヒトガタを迎え撃つ事ができる。
目の前に現れたエルドール砦は、相変わらずの威容を誇っている。断崖を背にして造られた、大きな街。山の裾野をまるごと切り取るようにして、巨大なケージが囲っている。ケージの内側の要所要所には櫓が組まれ、厳つい顔の見張りが物見台から辺りを警戒している。頑丈さでは匠合の防壁が上だろうが、規模では区域一だろう。こうした安全な場所では人の交流は盛んになり、自然と人が定住し、ますます商いが盛んになるという好循環が起きる。ここはその最たるもので、訪れるたび、街の富がどんどん膨れ上がっているのを実感する。
ただしもちろん、問題がないわけではない。
「おい、近付くな!」
ランディが怒鳴りつけたのは、物乞いたちだ。砦の外縁には、砦の内へ入れない、もしくは入らない人間が集まり、ケージ沿いに勝手に住まいを設け、大きいものではちょっとした集落になっている。これだけ巨大な建造物だと、蟲も少々警戒するらしい。もちろん完全に忌避できるわけではないので、一定の確率で、一定の割合の被害者が出続ける。
「こら、なんだ、お前は! どかんか!」
ランディが、あたしらの行く手を両手を広げ邪魔した命知らずを突き飛ばした。地面に尻餅をつかされた男は「ムシバミめ!」と、つばを飛ばして喚く。またいつもの輩かと思いきや、
「蟲神さまの御遣い(ミツカイ)である蟲を殺すムシバミども! 悔い改めよ!」
「……はあ?」
ムジン? ミツカイ? 何だそれ? さっぱり分からないあたしに、
「蟲神教の信徒ですよ」
ジャンがやや険しい顔で耳打ちした。
「この世界は蟲神が創造し、蟲はその召使いだから、敬って殺すな。そうしていれば、生まれ変わった時に蟲に怯えずに生きられるっていう教えです」
「死んだ後で幸せになれるってこと? はっ! バッカみたい」
呆れて鼻で笑うと、男は目を剥いた。
「罰当たりな! 貴様には神の罰が下るだろう!」
何を怒ってるんだか、こいつは。あたしは男の胸ぐらを掴み、腰を曲げて、座ったままの男の鼻っ面に顔を寄せ、にっこり頬笑んだ。
「その神様とやらに会ったら、伝えといて。こんなくそったれな世界を造った奴なんか、くそくらえだって」
血相を変えた男がやおら懐に入れたその手首を、あたしは一瞬で掴み、捻り上げる。悲鳴を上げた男の手を、懐からゆっくり出させる。出てきたのは、十文字に組み合わされた蟲の外殻の破片だった。武器でさえない。なんか蟲臭かったのはこれのせいか。拍子抜けしつつ、掴んだ手を放した。男はあたしを睨みながら、蟲の破片を握りしめ、何やらブツブツ呟いている。
「全智なる蟲神さま、どうか無知なる彼の者をお許し下さい……」
だめだ。ますます意味不明。こっちまで頭がどうかなっちまいそうだ。
さっさとその場を後にし、砦の大門へと足を進める。行く手に、どの人の群れからも離れ、ぽつんと集まっている者達がいる。他より一段と汚れた古い襤褸を纏った集団だ。……なるほど。蟲化病に罹った連中ね。手や足、胸、肩、背中……体のどこかが動かせないほど硬化し、鈍く燐光を放っている。病が進行中という証だ。蟲化病は伝染するって迷信は根深い。他の集団からつまはじきにされるのも頷けるわ。ま、あたしらにとっては、只の同病のお仲間。
迂回するのも面倒だし、と、病人達の間をすり抜けて進む。
「おっと、レディ。こいつは失礼」
ランディが丁寧に詫びた。痩せ細った、あたしぐらいの歳恰好の女とすれ違い様、肩同士ぶつかったらしい。女の腕から、丸められた青色の襤褸が転げ落ちる。
「わたしの赤ちゃん!」
突然、女が金切り声を上げた。
あの襤褸に赤ん坊?
あたしも少し驚きかけたが、落ちたのはその古びた青色の襤褸布だけで、赤ん坊はおろか、何も入ってない。しかし女は酷く動揺し、慌てて襤褸布を拾い上げ、産着よろしく形を整え直すと、ようやくその胸を撫で下ろした。
「お怪我がなくて良かったでちゅねえ」
赤子をあやすように抱きかかえ、女はその場に腰を下ろす。
「お父ちゃんは、まだおネムでちゅねえ」
くすくす笑った女の隣に横たわった亭主は、とっくに乾いて干涸び、皮だけになっていた。




