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遺跡で手に入れたお宝を闇市で売り払った後、堅牢な壁で囲われた匠合支部に帰還した。無くした武器や、使った薬品の補充も必要だが、とりあえず匠合長の館へ向かう。帰還の報告と、次の任務を受けるため。殺蟲師の義務ってやつ。
殺蟲師匠合中央部東第三支部は、屈強な殺蟲師どもと、盗賊紛いの商人が開いた沢山の薄汚い露店と、蟲害によるはぐれ者らでごった返している。
一番威張り散らしているのは殺蟲師たちだが、そいつらでさえ、あたしみたいなAランクの凄腕には声さえ掛けられない。どころか、進んで道を譲ってくれる。ここにいる男なんて、粗野か、根暗か、乱暴か、馬鹿か、変態か、或いはその組み合わせかしかいない。そんな奴らに気を遣う理由なんて、これっぽっちもない。あたしを横目に見ながらヒソヒソ話をする奴らを一睨みしてやれば……ほら。萎縮して声も出せやしない。あたしの大好きな紅色で染めた特注の甲冑は、あたしが誰なのかを周りの人間に思い出させる効果がある。
「も、もうやめてくれえ! ほんとに、ほんとにおれは、なんにもしらねえんだっ!」
「ひ……ひひ……。痛い? 痛いよねえ。まだまだ、こんなもんじゃないからねええ。嘘つきの禍学者には、もっともっと、もっと痛くしてあげなきゃね。ひゃは……は……ひゃははあっ!」
男の鳴き声と、別の男の嬌声。……またやってる。用事がある鍛治棟へ行くには、どうしてもこの処刑場を通らなきゃならない。ここでは囚われた裏切り者や脱走者、掟破り、禍学者なんかが公衆の面前で無惨に、ありとあらゆる手段で辱められ、じわじわ嬲り殺しにされる。
「ひっ……ひぎゃああああっ!」
眼球に火箸を当てられ、縛られた男は悶絶した。その隣には、とっくに死んで何日も経つ骸が並んでいる。火箸を手に高笑いする男の足下には、抉り取られた目や、耳や、鼻、切り取られた手や足の指、爪、はぎ取られた皮膚、引きずり出された臓物、性器までもが幾つも無造作に転がり、腐ってる。大人も子供も老人も、男も女も関係ない。一家族まるごと……くそっ。見なきゃよかった。
足早に処刑場を後にしたあたしは、完全武装の衛士が護る門をくぐり、鍛治棟にさしかかった。ここと、奥にある薬剤棟は匠合の秘中の秘。殺蟲師と関係者以外、立ち入り禁止だ。ただでさえクソ暑いってのに、鍛治師たちの汗と、炉の上げる湯気で、蒸し暑苦しい事この上ない。襟元を開き、風を入れる。
「お帰りなさい」
鬱陶しい空気を一掃するような、澄んだ声。振り返ると、たくさん荷物を抱えたジャンが居た。短く揃えた白金色の髪に、透き通るような青い瞳。すっきり鼻梁が高く、きりっと口角の上がった口元はとっても上品。もっと幼い頃はちょっと華奢で女の子のようだったが、こりゃ、かなり男前になりそうだ。
「また一段と大きくなったねえ。もうじき、あたしの背丈を超えそうだ」
言われたジャンは、照れ臭そうに微笑んだ。こんな可愛い子だったら弟子にとってもいいかな、なんて本気で考えちゃう。
「ところで、えらい大荷物だね。でかい仕事でもあるのかい?」
「えっと……あの」
あたしの言葉に、ジャンは戸惑った表情を浮かべた。
「匠合長にはまだお会いになってないんですか?」
「ああ。これからだけど、なんで?」
あたしの問いに、ジャンの目が泳ぐ。素直なこの子にしては珍しい。こんな良い子が口ごもってるのに無理矢理口を割らせるのは、あたしの趣味じゃない。
「なんだ、生きてたのか」
「あんたこそ。息災でがっかりだわ、ランディ」
相変わらずの憎まれ口を叩いて現れた、巻き毛と同じ栗色のチョビ髭が自慢の、この自惚れ屋に聞くとしよう。
「弟子一人に、こんなでっかい荷物持たせて。どこまで行くつもり?」
「……お前、まだ聞いてないのか?」
ランディは少し驚いた様子で、目立たぬよう首を振るジャンと視線を合わせた。
「なんだい、二人とも。気味悪いね」
「隠しても仕方ないか」
ランディは珍しく神妙な面持ちになった。ますます不気味。
「お前の師匠が亡くなった」
「……そう」
あのバカ師匠。何度もぶっ殺してやろうと思ったけど、半人前の間、それなりに世話になったのも確かだ。弟子として、葬式の面倒ぐらいは見てやらないと。
「で、いつ死んだの? 遺体はどこ?」
「亡くなったのは数日前だが、遺体はない」
「……は?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。あたしら殺蟲師の末路である蟲化病に治療方法は未だなく、人間の致死率は百パーセント。蟲化して、遺体がないって事は……。
「そうだ。あの人はヒトガタムシになった」
「あいつが……ヒトガタに?」
蟲化病にかかった殺蟲師が病の末期、ごく稀に「人型蟲」という人の形をした蟲に変体することがある。人間じゃなくなれば、致死率には換算されないという匠合の理屈で、蟲化病の致死率は百パーセントとされているわけだが……しかし。まさか、こんな身近でそんな珍事が起きるとは思ってもみなかった。
「ヒトガタが西へ向かったのは分かっている。おそらく、まだ完全に変体していないのだろう。途中で幾つか隊商やケージを襲い、結構な人数が喰われたそうだ」
ヒトガタは完全に変体を終えるまで、見た目は人間のままだそうだ。となると、これから被害者はもっと増えるだろう。死んでまで周りに厄介かけるなんて、あいつらしいわ。
「それで? これからどうするの?」
「うむ。西ならエルドール砦が足止めになるから、そこで討つ。砦には、あのオスカー兄弟とその傭兵団がいる。ヒトガタといえど、簡単には突破できまい。最悪、襲撃に我々が間に合わなくとも、傭兵団と連携して挟み撃ちも可能だ。討伐するのは難しくないだろうが……」
「あたしも行く」
思わず口走っていた。ランディやジャンはもちろん、言ったあたしが一番驚いていた。
「お前はあの人を嫌ってると思ってたが?」
「大っ嫌いよ。だから、あたしがこの手でぶっ殺してやるの。待ちに待った機会だわ」
「そうはいかん。エロンゾさんと組めという命令だ。お前を連れて行くなら、匠合長に許可を取る必要がある」
「じゃ、取って来てよ」
「簡単に言うな。お前はAランクなんだ。他のキツい仕事が山積みだぞ」
「大丈夫よ。あたし、まだ休暇中だから。さっさと行って、ちょちょいと片付けてくりゃいいんでしょ」
「……相手はヒトガタだぞ? 帰還予定に間に合わなくても、俺は知らんからな」
「ご心配なく。あんたに迷惑はかけないわよ。連れて行ってくれないんなら……」
「一人でも行くつもりなんだろ」
よくお分かりで。さすが同期。あたしは肩をすくめた。ランディは溜め息を吐く。
「……いいだろう」
ランディは頷いた。
「単独行動で戦陣を乱されるぐらいなら、俺の指揮下に居た方がマシだ。ただし、手柄と分け前はエロンゾさんと俺、ジャンのもの。お前の分け前は無し」
「えーっ?」
「えーっじゃない。外部の依頼主がいなくて、もともと分け前はお慰み程度しかないんだ。つまり、お前が大嫌いな無償奉仕って事になる」
「……仕方ないわね」
「よし。あとはエロンゾさんが何て言うかだが……」
「エロンゾ? あいつなら処刑場で見たわ。お楽しみ中だったみたいよ」
処刑は匠合員なら誰でも参加できるが、好んでやりたがる面子は大体同じ。さっき、嬉々として手を下していたBランクの殺蟲師エロンゾは、その代表的変質者だ。
「あたし、嫌いなのよね。あいつ」
「おい。エロンゾさんは俺たちよりずっと先輩だぞ。少しは言葉に配慮ってものをしろ」
「処刑で忙しいんなら、ちょうどいいじゃない。こっそり置いてっちゃいましょうよ」
「馬鹿言うな。討伐隊長は俺だぞ。独断で編成を変えたら、匠合長に殺される」
「あんなおべっか使いの変態より、あたしみたいな凄腕と組むべきだと思うわよ。隊長殿」
「お前がついてくるのは勝手だが、エロンゾさんは置いて行かない」
ま、仕方ないか。
「納得したなら、すぐ出発するぞ」
「貸し一つね」
「馬鹿言え。こっちが貸し一つだ。エロンゾさんには俺から話を通しておく。早く荷物をまとめて来い」
ランディは髭を指先で整えた。相変わらずの二枚目気取り。そんなとこ誰も見てないっての。
さて。となると、至急、装備を整える必要がある。さっさと鍛治棟の頑固親父と、薬剤棟の妖怪じじいに会いにいくとしよう。




