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第二章 女殺蟲師

 あたしら殺蟲師は自由だ。


 まあ、いつかはこの鬱陶しい蟲化病で、体じゅう……内蔵までカチコチになって無惨に死んじまう訳だが、蟲に怯え、ケージに閉じこもったきり外に出られない一般人の暮らしなんて、あたしには耐えられない。あの根暗のバカ師匠に土下座までして頼み込んで受肉させてもらったのは間違いじゃなかった。

 この稼業自体は、くだらない、甲斐がない、意味がない、と無い無い尽くしの、実にくそったれな仕事だ。蟲は殺しても殺してもウジャウジャ沸いて来るし、依頼主はたいてい強欲か、貧乏か、その両方かだし、匠合にはなんだかんだと稼ぎを持って行かれるし。自分の命と引き換えにするだけの価値……やり甲斐なんて、全然感じない。

 それでも、あたしら殺蟲師は任務以外の休暇中なら好きな場所に行って、思う存分、好きな事をやれる。この自由のためなら、あたしは命だって惜しくない。

 突然床に開いた落とし穴に落ちかけたり。吊り天井が落ちて来たり。


「おっと」


 壁の穴から毒矢が飛んで来たり。そんなスリルを味わえるのも、休暇中ならではの醍醐味。旧文明の遺跡漁りは、これだから止められない。当然、そこに眠る金物や文献、謎の部品や何に使うか見当もつかない道具なんてお宝も魅力的だ。実際、闇市場で捌けば、かなりの高値がつく。誰が何のために欲しがるのか? そんな事には興味ないね。

 走っている内に、半円状の、開けた通路に出た。ヒカリタケを詰め込んだ特製ランタンで照らしてみる。床には黄色い塗料で様々な線が等間隔に引かれ、ところどころに矢印が描かれている。その規則性、均一さ。美しい模様だ。しかし、こんなでかい路を何が通るのか不思議なぐらい広い。天井は高すぎて、ランタンを掲げたぐらいじゃ見えさえしない。とにかく、ここまで来たら、出口はもうすぐだ。

 ところで言い忘れてたけど、さっきからあたしの靴底が鳴らす音に、けたたましい警告音が重なって反響している。何百年も前に放置されたはずなのに、警報装置はまだ生きていたらしい。無理矢理、扉を蹴破ったのがまずかったんだろう。奥へ向かう時にはなかった罠がフル作動しているのもそのせいよね。わざわざ一番奥の冷凍睡眠室まで行って、いちいち冷凍睡眠カプセルの蓋を開けて、ミイラをひっくり返して。手に入れたものと言えば、何に使うのか分からない、透明のキューブだけってんだから泣かせるじゃないか。

 やや狭い(とは言っても蟲が「よう」なんて挨拶しながらすれ違えるほどだが)脇道に入り、僅かに傾斜した路をひたすら走る。空気が次第に生ぬるくなって来て……よし。前方に四角く切り取られた光が見えて来た。愛しの出口ちゃん。……? やばっ! 隔壁が降りて来てるじゃない! ここの出口を塞がれると、自力で出るのが難しくなっちまう。あたしは全力で駆けた……が、無念。ちょいと間に合わなかった。もし焦って足から滑り込んでたら、頭だけペシャンコにされてたとこ。立ち止まった自分の英断に感謝しなきゃね。

 さて、どうしたものか。行く手を塞ぐ隔壁に触れて、確認する。金属ではなく焼成物だが、分厚く、蟲の侵入を防ぐ程度の強度は十分にありそう……。おっと。背後に物音。おっと、忘れてた。あたし、追われてたんだっけ。振り返ると、滑らかな床をガサガサと棘だらけの足で引っ掻きながら、三匹の蟲が連なって現れる。しつこい奴らね。


「いいわ」


 ランタンを床に置く。


「ぶっ殺してあげる」


 腰に吊るした短槍を左右の手で同時に引き抜き、交差させて構える。蟲の名前は知らない。スカラベの一種だろう。まあ、蟲の種類なんて、今のあたしにはどうでもいい。あたしはもう、昔の可憐な少女じゃないんだから。

 先手必勝。あたしは奴らの機先を制して、突進した。このサイズの通路で三匹も連続で突っ込んで来られたら、流石のあたしでも逃げ場がない。これまで散々逃げ回っていたあたしが突然刃向かって来た事に、案の定、蟲どもは一瞬だけ戸惑った。あたし位の凄腕になると、その一瞬の隙を見逃さない。高く跳躍し、体を捻って半回転、先頭の奴の頭にまたがる。右手の短槍を逆手に持ち替えて、ぐさり。眼球に直接殺蟲液を注入してやる。断末魔に身を仰け反らせるスカラベの触覚を素早く右足に巻き付け、膝と太ももで挟んで固定、空中に身を投げ出した。

 跳ね上がった触覚の反動で、あたしの身体は宙を舞う。

 身を捻り続けて回転を加え錐揉みさせる事で推進力を得、残った二匹の後方へ滑るように着地する。二匹とも、堅い外殻をぶつけ合わせながら、我先に振り返ろうとするが、あたしは当然、それを待たず、左手の短槍を投擲した。狙いは寸分違わず、二匹目のスカラベの右眼に突き刺さる。脳天までぶち抜ければ最高だったが、人力じゃこれが精一杯。怯んだそいつに邪魔されていた三匹目が、隻眼の奴を乗り越え、突進して来る。

 わお。凄い迫力。ちびりそう。

 ぎりぎりまで引きつけて……仰向けに倒れる。スカラベの腹甲が甲冑の顎をかすめ、猛スピードで頭上を過ぎ去って行く……その最中、あたしは右手の短槍を外殻の隙間に突き刺した。場所はビンゴ。ただ、体勢が悪すぎ。力が入りきらなかったせいで、表皮に引っかかった程度しか刺さってない。とっさに短槍の柄を両手で強く握り、突進するスカラベに引きずられていく。背甲が派手に擦過音を鳴らし、火花が散るが、問題はない。スカラベがあたしの礫死体を確認しようと速度を落としたのを見計らって、あたしは腰帯から×印の刻まれた殺蟲液入りの筒を抜き取り、短槍の柄に装填、


「くたばれ」


 筋肉の奥へ刃を押し込んだ。否や、二匹目のスカラベも、びくっと身を仰け反らせて硬直し、そのまま動かなくなる。殺蟲液の効果は覿面だ。

 さて。最後の奴。その眼に刺さった短槍を、もうちょいとばかり刺し込んでやれば片がつくわけだが……おや。奴はほとんど動かず、残った隻眼であたしの様子をうかがっている。完全に戦意を失ったらしい。戦う意志のない奴を相手にするのは趣味じゃない。あたしは腰帯から/印の刻まれた強化薬入りの筒を抜き取った。先端の蓋を噛んで外し、注射針を露にする。


「賢明よ、あんたは」


 右の篭手を内部装甲ごとバリバリ剥がす。現れたのは白い柔肌……とはいかない。冷え始めの溶岩みたいにゴツゴツした皮膚に、強化薬を注入する。


 ……きた、きた、きた!


 スカラベの頭ほどに膨れ上がった右拳で放ったストレートは、ごつい隔壁に、どでかい脱出口をぶち開けた。

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