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ヒトガタを迎え撃つ準備をしようと大門へ戻ってみたら、なにやら盛り上がっていた。
「やった! 今の、頭に当たったぞ! 頭は倍付けだったよな?」
「ばか言え。ありゃイカレ女だろ。一歩も逃げてねえ奴はノーカウントだよ」
「ふざけんな! タリアは除外なんて、そんなルール、聞いてねえぞ!」
「まあまあ。ほら、とっとと投げねえと、みんな逃げて、タリアだけになっちまうぜ」
櫓の上の衛士達が、それぞれ手に石を持って騒いでいる。ケージの外を逃げ惑う人々目掛け、石を投げて当てるというゲームに興じてるらしい。木箱の上に並べた雑品を賭けて。
……くだらない。匠合の構成員なら有り得ない規律のなさ。その分、雇い賃もリーズナブルなんでしょうけど。
「どけ、俺が見本を見せてやる。そりゃっ!」
その衛士が投げた石は大きな放物線を描き、ケージの外縁で四つん這いになっている男の頭に当たった。
「やったぞ! 見たか? 当たったぞ!」
「だめだ、だめだ。あいつも逃げてねえじゃねえか。イカレ野郎だよ」
「それに見ろよ、あの、体の色。蟲化病なんじゃねえか」
「……おい。だけど、あいつ、石が頭に当たったってのに倒れねえぞ」
「本当だ! あんなに頭から血が出てるってのに……。凄え奴だ!」
「本当だ! 凄え! 凄えぜ!」
衛士たちは手を叩いて喝采を上げる。
「ようし、それなら、あいつをぶっ倒した奴が総取りって事でどうだ?」
「乗った!」
「俺もだ! 早い者勝ちだぞ!」
一斉に石を投げ始める衛士たち。全身に石をぶつけられても、男は微動だにしない。妙だ。距離が離れている上、四つん這いなので、ここからでは顔がよく分からないが、おそらく……。
「あいつら……」
ジャンは怒りを抑えきれず、櫓の梯子を駆け上ろうとした。それを止めるランディ。
「余計な争いをするな」
「じゃあ、放っておけって言うんですか!」
ジャンが反抗するなんて珍しい。ランディは髭を撫で付けつつ、静かにジャンを見つめる。
「何度も言わせるな。よく状況を考察しろ。今は、他にやるべき事があるはずだ」
「至急ね」
あたしが口添えした事で、頭に血の上っていたジャンも異変に気付いた。あれだけ多くの投石を体に受けて倒れない人間なんていやしない。顔つきが変わったジャンに、ランディはその男……あたしの師匠であったものを指差した。
「あれが、ヒトガタだ。完全変体する前は、あんなふうに、ほぼ人間と同じ姿だが、丁度そろそろ変わる頃合いだ。くそっ。もう少し早く気付いていれば変体前に仕留められたんだが……」
ランディは舌打ちした。
「ジャン、お前はできるだけ人々をケージの奥へ誘導して避難させろ。領主と傭兵団の力を借りてな。仕留めるまでの被害を最小限にするんだ。ケージから一歩も出た事のない衛士など、時間稼ぎにもならん」
「はっ」
全てを理解したジャンは短く応じ、すぐに駆けて行った。
「良い弟子を持って幸せね。あんたは」
「教え方が良いからな」
「言ってなさい」
互いに軽口を受け流し、緊張をほぐす。その時、衛士が投げ落とした一きわ大きな石がヒトガタの後頭部に激突、ヒトガタは顔面から地面に突っ伏した。櫓から歓声が上がる。
変体は、突然始まった。
ぼうっ、と碧色の燐光に包まれた左腕が、十倍に膨張する。膨張は左肩から胸、背中へと連なり、速度を上げながら左脇腹、右肩へ、更に左足、右腕へと続く。そこから一気に加速し、下半身まで到達。裂ける事はなく伸長しきった皮膚は、内側の筋組織が透けて見えるほど薄くなっている。
「な、なんだありゃ!」
衛士達は初めて見るヒトガタ(今の姿は巨大な人体模型のようだ)に、興味深々だ。ケージに守られているという絶対の安心感が、微塵も恐れを抱かせない。檻に閉じ込められた動物を、檻の外から見る者の心理。
ヒトガタの巨大な眼が碧色に輝き、櫓の上の衛士達を捉えた。その喉がぶるりと震え、およそ人のものとは思えぬ咆哮が迸る。
新たなる生命の産声。やかましい事このうえない。耳をつんざくその咆哮が止む頃には、ヒトガタの皮膚は蟲の外殻のように硬質化し、碧色の甲冑へと変質していた。完全に変体を終えたヒトガタは、全身に甲冑を纏った、神代の巨人兵のようだ。禍々しくも、神々しくもある、天を覆わんばかりのその立ち姿を、衛士達は声も出せず、ただ見上げるばかりだ。
ヒトガタが足を踏み出した。どしん、どしんと地響きを鳴らし、ケージに向かって歩み寄って来る。皮肉にも先刻まで衛士達が投石ゲームをしていたため、近くに人が残っておらず、誰も踏み潰されなかったのが幸いだ。櫓の衛士達は自分たちのほんの目と鼻の先までヒトガタが接近しても、逃げるどころか、ただ、この初めて見る珍しい生き物を熱心に見物し続けている。
ケージの縁までやって来たヒトガタは、柵越しに櫓の上の衛士たちを見下ろした。その眼に瞳はなく、蟲のように無機質な塊があるだけだ。
「なに見てんだよ、バケモノっ!」
我に返った衛士が手にしていた石を投げた。石はヒトガタの眉間に当たり、砕け散る。それを皮切りに、衛士達は一斉に投石を開始した。が、堅牢なヒトガタの皮膚には、かすり傷ひとつ付かない。
しかし。
「効いてるぞ! あとちょっとだ! ぶっ倒せ!」
「おおうっ!」
何も知らず気勢を上げる衛士達によって、息つく間もなく投げ続けられる無数の石を全身に浴びながら、ヒトガタは巨大な左右の手でケージを掴んだ。
「馬鹿が!」
衛士の一人が笑った。
「どれだけお前がでかかろうが、ケージを壊す事なんか……」
できない。そう思っていたのだろう。しかし。
みし、みし、みしみしっ。聞いた事もない不協和音を立て、金属製の堅牢な柵が、少しずつ、少しずつ歪んでいく。
「そ、そんな馬鹿な……」
唖然とする衛士達の目の前で、柵は左右へ引き破られた。ヒトガタは隙間から手を突っ込み、ほぼ手探りで衛士を捕まえる。
「わ、わああっ!」
悲鳴を上げて暴れる捕われの衛士を、ヒトガタが自身の口元へ持って行く。顎が蟲のように左右に割れ、口腔にずらりと並んだ鋭い牙が顔をのぞかせた。
「た、たすけてっ……!」
衛士の声は、ヒトガタの顎が噛み合されると同時に断ち切られた。




