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17

 大いびきをかいて、見張り番は眠っている。純度の高い酒を飲み過ぎたのだ。

 その腰巾着を探り、セレナはカードキーを抜き取った。作戦成功。錠を外し、門扉を開け、ケージの外へ出る。昼間には農作業の都合で時々外へ出るが、夜には初めてだった。


「トマス!」


 座ったまま動かないトマスに駆け寄る。


「大丈夫?」


 トマスは眼を開いた。意識が朦朧としているのか、焦点が合っていない。呼吸は浅く、不規則だ。セレナはトマスを肩に担いでケージの中へ引っ張り込んだ。

 蟲が入って来ないよう門扉を元通り施錠してから、見張り番の懐にカードキーを戻す。見張り番は全く気付く事なく眠りこけている。


「寒かったでしょ?」


 声を掛けたが、やはりトマスから返事はない。


「さ、行こ」


 セレナはトマスを引きずって歩き始めた。他の人間に見つかったら、ただでは済むまい。特に、あのリックにだけは……。家に戻れば、兄に叱られる事は目に見えているが、結局それしか方法を思いつかなかった。村の友人たちは皆、村長の息子であるリックを恐れている。迷惑をかけるわけにはいかない。

 セレナは家路を急いだ。

 トマスはまともに歩く事もままならず、何度も立ち止まり、転んだ。寒空の下だというのに、汗が噴き出て湯気となり、ゆらゆらと立ち上っている。一人の時の何倍も時間がかかったが、それでもどうにか家に着いた。戸につっかい棒を掛け、簾を跳ね上げて奥の寝室に入ると、寝藁にトマスを横たわらせた。トマスは微かに呼吸をしているものの、目は閉じ、一見、生きているように見えない。しかし。


「トマス……」


 セレナはトマスの頬に自分の頬を押し付けた。温かい。トマスは生きているのだと実感し、軽く口づけした。頭を撫で、乱れた髪を梳かしていて、ふと思い出した。幼い頃、病弱だったトマスを、しばしばこうして看病したものだ。思わず笑みがこぼれる。ガキ大将だったリックに苛められるたび、こうして二人揃って泣き、そのまま眠ってしまったものだ。懐かしい。


 と、その時。


 どん、どん、と戸を叩く音がした。兄が帰って来たのだろうか。トマスに藁を深く被せ、簾を下まで下ろすと、戸口に立った。


「俺だ、セレナ。開けてくれ。見せたいものがある」


 リックの声。最悪だ。居留守を使おうかとも思ったが、それはそれで、こんな夜中にどこへ行ったのかと怪しまれ、村じゅうを探し回られるかもしれないと思い直した。つっかい棒を外し、少しだけ戸を開ける。


「……こんな時間に、何の用?」


 さも眠たげに、不機嫌そうに言う。リックはそんなセレナの演技に気付くどころか、夜間に訪問した事に対する気遣いさえ見せず、


「こいつを見てくれ!」


 自分の体を見ろとばかりに諸手を広げ、興奮しきった調子で言った。暗くて余りよく分からなかったが、焦れたリックが手にした松明を近づけたので、はっきりと見えた。

 ムシバミの男の服を、リックが着ていた。もう一方の手には長槍を携えている。


「それ……どうしたの?」


「すげえだろ。ムシバミの甲冑と武器だ。本物だぜ。こんなの、見た事あるか? そうだ。ほら、こいつが兜だ」

 リックは長槍と松明を壁に立てかけると、腰に吊っていた兜を被ってみせた。


「……盗ったの?」


「どうだっていいだろ、そんな事。それより、本物のムシバミの装備だぜ!? 売ったら幾らになるか見当もつかねえが、俺は売らねえぞ。こいつさえありゃあ、もう蟲なんざ怖くねえ。皆殺しにしてやる」


「盗ったのね……どうして、あなたはいつも……」


「うるせえ!」


 リックは戸の隙間に腕を突っ込んでセレナの胸ぐらを掴み、兜に覆われた顔を寄せた。外れた戸板が床に転がる。


「我慢にも限度ってもんがあるぞ。確かにお前は、ここらのケージじゃ一番の別嬪だ。だから、俺もお前には良くしてやって来た。もう、いい加減気付けよ。このしけた村で、俺以外にお前に釣り合う人間なんかいねえんだよ」


「決めるのは私よ」


「いや。俺だ」


 リックは腰帯に挟んでおいた屋敷のカードキーを取り出し、セレナに見せつけた。


「これを見ろ。村長の証だ。この村のあらゆる錠を開けられる鍵だ。つまり、今は俺がこのケージの村長なんだ。村長である俺は、お前が俺以外の他の奴と結婚する事を絶対に認めねえぞ」


 セレナは黙ってうつむく。少し落ち着きを取り戻したリックは、


「……なあ、聞いてくれよ」、


 ジョナサンに指南された事を思い出し、セレナを離すと、優しく話しかけた。


「俺と一緒になってくれりゃあ、お前に苦労はさせねえぜ」


 セレナは顔を上げない。リックは兜を脱ぎ、腰に吊るした。めいっぱい優しい笑顔を作る。


「なあ、考えてくれよ。そうさ、ちょっと考えりゃガキでも分かる事だ。俺とトマス、どっちがお前を幸せにしてやれるかなんて事はよ」


 トマスの名前が出た事に驚き、セレナは顔を上げた。それを吉兆ととらえたリックは嬉しげに頬を緩める。


「話を聞く気になってくれたんだな」


「違うの。今は何も考えたくないの。お願いだから、そっとしておいて」


 嬉々としたリックから視線を逸らし、セレナはか細い声で言った。


「なんだ。もしかして、まだ気にしてるのか? 昔、お前が俺よりトマスを選んだ事をよ。あんなのは、もうずっと昔の話だ。あの時はお前もガキで、分別がつかなかっただけなんだろうからよ」


「違うのよ、リック。違うの……」


 頭を振るセレナを他所に、リックは有頂天になって続ける。


「もうすぐ死んじまう奴のことなんか早く忘れて、一緒に楽しくやろうぜ……な?」


 リックがセレナの腰に手を回し、抱き寄せようとした瞬間、セレナはリックの頬を平手打ちした。


「あなたは最低よ!」


 セレナにしては当然の、リックにしてみれば突然の仕打ちだった。一瞬呆気にとられたものの、みるみるうちにリックの顔が怒りで紅潮していく。


「てめえ、図に乗るんじゃねえぞ、このアマ!」


 リックはセレナを張り飛ばした。か細い悲鳴を上げて土間に倒れ込んだセレナに、リックが馬乗りになる。窓から差し込む月明かりだけで灯火のない室内は、ほとんど真っ暗だ。


「人が優しくしてやってりゃあ、つけあがりやがって! 何なら力ずくでもっ!」


 リックの指がセレナの胸元の袷に掛かり、引き裂いた。逃れようともがくセレナの指先が、リックの顔面を引っ掻く。


「いってえっ! こいつ、大人しくしねえかっ!」


 リックがセレナを押さえつけた時、奥で物音がした。


「……あっちに誰かいるのか?」


「誰もいないわ!」


「どけ!」


 止めようとするセレナを振り払い、リックは立ち上がった。簾を跳ね上げ、奥の部屋へ踏み込む。


「お、お前……」


 寝藁に横たわるトマスを見つけ、リックは目を丸くした。


「なんで、お前がここにいるんだっ!」


 激高したリックはトマスに飛び掛かった。髪と胸ぐらをつかみ、体を激しく揺さぶる。


「やめてっ!」


 止めさせようと背中からしがみついてきたセレナを、リックは荒っぽく突き飛ばす。


「お前さえ……お前さえいなけりゃ、セレナは俺と……畜生っ!」


 リックは拳でトマスの顔を何度も殴りつけた。仰向けになったトマスは、無抵抗に殴られるがままだ。その顔がみるみる腫れ上がっていく。


「……思い知ったか」


 荒く息をしながら吐き捨てると、リックはセレナの脇を通り過ぎ、家の外へ出て行った。置きっぱなしにした長槍を取りに行ったのだと気付いたセレナは、倒れたトマスにすがりつき、覆い被さるように抱きしめると、案の定、長槍を手に戻って来たリックを肩越しに睨んだ。


「トマスを殺すなら、私も一緒に殺して!」


 セレナは金切り声で叫んだ。


「そこまでして、そいつを……そんな腰抜け野郎を……」


 リックの目が嫉妬に燃える。


「そんなに好きなら、あの世で結婚でも何でも勝手にしやがれ!」


 リックが槍の穂先を二人に向け、ふりかぶった時だった。

 ぶつっ、とセレナの背中の衣服が破れ、そこから鋭い針が突き出した。


「え……?」


 セレナはトマスを見下ろした。トマスの目はとっくに光を失い、流れ続けていた涙もとうに乾いていた。かたくなに閉ざしていた口が開かれ、そこから蟲が次々と這い出て来る。セレナは自身の吐いた血が滴り落ちるトマスの顔を見つめ、その胸に抱きしめた。

 セレナの背中から更に鋭い針が突き出た。一つ。さらに一つ、二つ、三つ。ついには数えきれない数の針の山となる。そうして無数の針にずたずたに引き裂かれた骸が、爆ぜた。

 様々な肉片や体液に混じり、無数の蟲が溢れ、飛び出した。


「な、なんだよ、こりゃ……」


 長槍をふりかぶったまま、リックは立ち尽くしていた。宙を舞う、数百匹の小型のヒメバチを呆然と見渡す。円筒状に伸びた腹部と、その尻の先端から突き出た針。開いた背甲から左右対称に延びる、薄く半透明な翅。成蟲に比べれば随分小型とは言え、体長で言えばリックの顔よりまだ大きい。その内の一匹が、リックの足元に止まった。


「わ、わああっ!」


 パニックになったリックは逆手にした長槍を、蠢くヒメバチに向かって振り下ろした。が、刃は外殻に跳ね返されて軌道が逸れ、勢いはそのまま、床板に突き刺さった。


「な、なんでだ。なんで刺さらねえ!?」


 パニックに陥りながらもリックは槍を抜こうと力を込めた。しかし、いったん床板を貫いた刃は、返しがついているため簡単には抜けない。


「ひ、ひいっ!」


 リックは槍を手放し、逃げ出した。兜を被り直しながら、必死に駆ける。ムシバミの武器が何故、蟲に通用しないのか。リックには訳が分からなかった。リックが逃れる事ができたのは、ヒメバチたちも孵化直後で混乱していたという、ほんのひと時の幸運の賜物だった。

 ヒメバチの大群は、瞬く間に村じゅうに広がって行く。

 空を飛ぶ羽音を訝しんでか、壁や屋根に止まった音に驚いたか、不審に思って不用意に戸や窓を開けてしまった家々の住人たちが、手ずからヒメバチを家の中へ招き入れてしまい、その犠牲となった。更に彼らの悲鳴を聞きつけ、様子をうかがいに家を出た人々が犠牲となった。そうして犠牲者は累乗的に増えていく。


「蟲だ! 蟲が入って来たぞ!」


 そこかしこで誰かが叫ぶ。怯えきって戸や窓を閉ざし、家のなかに閉じこもるという選択をする村人も多かった。しかし、ヒメバチの顎、脚、針は、固めた土壁など容易く穿ち、剝ぎ取り、砕いてしまう。犠牲者は更に増え続けた。

 ケージの外に出ようとした人々もいた。酔いの吹っ飛んだ見張り番は、とっくに門扉を開け放ち、外へ逃げ出していた。それに続いた村人たちは、ほどなく全滅した。夜、何の備えもなくケージの外に出る事は、夜行性の蟲の餌になる事を自ら志願しているようなものだ。

 開けっぱなしにされた扉からは、獲物を求めて腹を空かせた蟲たちが、次から次へと雪崩れ込んで来る。


「屋敷だ! 村長の屋敷へ避難しろ!」


 最善の選択をした人々が村長の屋敷に殺到し、入り口は大混乱だ。


「並ぶんじゃ! 中は十分広い! みんな避難できる! まだ蟲はここまで来ておらん! 落ち着くんじゃ。みんな助かる!」


 屋敷の入り口に立ち、村長は声を張り上げ、懸命に誘導を試みるが、恐怖のあまり浮き足立った人々の耳には入らない。狭い入り口を目掛け、誰もが我先に屋敷に入ろうとするため、思うように避難が進まないのだ。飛び交う怒号。子供達の泣き声。甲高い喚き声。立ち往生する人数は次々と膨れ上がり、じわじわと恐慌を来し始めた。


「おい、どけ、この野郎! ここは俺の家だぞ、どきやがれっ!」


 戻ってきたリックが群集をかき分け、誰彼構わず殴り、蹴飛ばしながら屋敷へ向かおうとしている。


「リック!」


 無事に帰って来た息子の姿を見つけ、村長が声を掛けた。リックにとっては幸運な事に、着用しているムシバミの甲冑を恐れた人々が避けたため、結果的に道を譲られた形になっている。村長が束の間、安堵の息を吐いた、その時。


「き、来た! 来たぞ!」


 誰かが叫んだ。

 ヒメバチの集団が屋敷の上空を飛んでいく。その内の数匹が、屋敷の前に群がる人々に襲いかかった。


「ぎゃっ!」


 最初に餌食になったのは、群衆の環の、外縁にいる人たちだった。見知った顔の村人たちが、抵抗虚しく、老若男女も関係なく、ヒメバチによって次々に刺し殺され、噛み殺され、引き裂かれ、喰われていく。

 阿鼻叫喚。

 さっき孵化したばかりだと言うのに、何がしかを捕食したヒメバチたちは既に大人の半身ほどの大きさにまで成長している。驚くべき成長速度だ。しかし彼らはまだまだ空腹で、一向に満たされる気配がない。殺戮は始まったばかりだ。

 屋敷の入り口まであと少しというところまで来ていたリックは、


「どけっ!」


 邪魔な隣の女を突き飛ばした。


「ぎゃああっ!」


 女は大声で悲鳴を上げたが、それは突き飛ばされたからではなく、空中から飛来したヒメバチに貫かれ、そのまま大空へ飛び立たれたからだった。頭上の悲鳴は徐々に小さくなっていく。


「落ち着け。あせるな」


 リックは自身に言い聞かせた。


「俺は甲冑を着てる。ムシバミの甲冑だ。だから、問題ない。他の奴とは違うんだ。あせるな。俺は大丈夫なんだ。俺だけは……」


 まじないのように繰り返し呟くリックの太ももに、翅を休めようとしたヒメバチが止まった。リックが叫び声を上げたため、反射的に伸長したヒメバチの針がその太ももを貫く。


「痛てっ!」


 悲鳴を上げ、地面を転がる。


「い、痛ってえっ!」


 のちうち回るリックに振り払われたヒメバチは、他の獲物に襲いかかる。またもや幸いにも難を逃れられたリックは、屋敷の壁に体を押し付け、立ち上がった。負傷した足を引きずり、壁伝いに歩き出す。入り口はすぐそこだ。


「くそっ、なんでだっ! 鎧だぞっ、ムシバミの!」 


 兜を冠っているせいで視界が悪く、息苦しい。


「役に立たねえなら、こんなものっ!」


 リックは兜を脱ぎ、地面に叩き付けた。開けた視界に飛び込んで来たのは、蟲による人間の殺戮……一方的な虐殺だった。リックは真っ青になって、屋敷の敷居をまたいだ。倒れ込みそうになったところを、すんでのところで村長が抱き止める。


「大丈夫か、リック。ああ、そんなに血が……」


「……閉めろ」


 リックが小声で呟いた。


「なんじゃと?」


「閉めろって言ったんだよ、老いぼれっ!」


「まだ全員が中に入っておらん。今、閉めてしまったら……」


「このままじゃ全滅だ! やるしかねえんだよ!」


「し、しかし……」


「入り口に隔壁を落とす仕掛けがあるだろ! あれをやれ!」


「隔壁じゃと? そんな事をしたら……」


「ああ。何人かは下敷きになって死ぬだろうよ」


「それを分かっていてやると言うのか」


「そんな呑気なこと言ってる場合か! 村が全滅するよりずっとマシだろうが! この俺が……新しい村長であるこの俺がいれば、いくらでも村は復興できる!」


「お前……」


「もういい! 親父がやらねえなら、俺がっ……!」


 リックは扉の脇にある突起物を押した。ごうん、と何かが外れる鈍い音が鳴る。


「みんな、離れるんじゃ!」


 村長が叫んだが、誰もその言葉を聞き取れなかった。聞き取れたとしても、一瞬でその意味を理解できる者はいなかっただろう。

 隔壁は瞬時に落ちた。轟音とともにその下敷きになった人間は少なくない。更に、外に取り残された人間達の悲鳴と断末魔が分厚い壁越しにも聞こえて来る。しかし、リックや村長をはじめ、内側に逃れた人々も、そうした事に憂慮する時間は与えられなかった。


「む、む、蟲が!」


 誰かが絶叫した。


「蟲が入ってる!」


 隔壁が閉じる直前、密集した人々の隙間を縫い、数匹のヒメバチが屋敷内に侵入していた。もう安全だと安心しきっていた人々は、恐慌を来して走り出し、あるいはその場でうずくまる。


「危ない!」


 リックの背中に飛びつこうとしていたヒメバチに気付き、村長が体を入れ替えた。その背をヒメバチの針が刺し貫く。倒れた村長の首筋にヒメバチが歯を突き立て、かじりついた。鮮血が飛び散る。

 リックは僅かに逡巡したが、それ以上の事はしなかった。足を引きずり、転び、這って隠し扉へ向かうと、地面すれすれに設置された読取装置の溝にカードキーを滑り込ませた。内側で回転錠が外れる音を聞き、リックは扉を押した。しかし、中から別の閂が下ろされているようで、開かない。リックは地面に這いつくばりながら荒っぽく壁を叩いた。


「俺だ。開けてくれ!」


「リックか?」


 中からジョナサンの声が聞こえて来た。


「どうした? 騒がしいようだが、何があった?」


「どうしたもこうしたもねえ! 蟲が……蟲が入って来ちまった! ムシバミの槍も、鎧も、何の役にも立ちゃしねえ!」


「蟲が侵入したのか? なぜ……?」


「トマスの野郎だ! あいつのせいで、もう滅茶苦茶だ!」


「トマスだって?」


「そうだ。トマスだ。あのくそったれに蟲が付いてたせいだ」


「トマスだって? あいつは檻の外に居たはずだろう? どうやって内に入ったんだ?」


「知らねえよ! どうせ、セレナが入れたんだろ。あの酔っぱらいから鍵を盗んで。だから俺は、あれだけちゃんと保管しろって言ったんだ! なのに、あのじじい! ぶっ殺してやる!」


「それで、セレナはどうした? 一緒なのか?」


「そんなもん生きてる訳ねえだろ! トマスに付いてた蟲が生まれた時、爆発して一緒に……」


 言いかけて、リックは我に返った。閉ざされたままの扉を叩く。


「お、おい。ジョナサン。早く開けてくれよ」


「……妹を……殺したのか?」


「違う! そんなんじゃない! セレナは蟲に殺されたんだ! 俺じゃない!」


「見殺しにしたんだな」


「そうじゃねえって! くそっ。状況を考えろよ! だらだら説明してる時間はねえんだ! ちゃんと説明してやるから、とにかく一回開けろって!」


「……ここの地下室で、面白いものを見つけたよ。巧妙に隠してあったが」


 ジョナサンの言葉に、息を呑むリック。


「食糧を見つけた。かなりの量だ」


「あ、あれは、いざって時の保存食だ。村の皆のための……」


「酒や煙草なんて物もあったぞ。どれもこれも、うちの村では作れないような高級品ばかりだ」


「そ、それは……。くそおっ!」


 言い訳を見つけられず、リックは怒鳴った。


「いいから、開けろ! ここは俺の家だぞっ!」


「もう、違う」


 ジョナサンが扉を押す。再び施錠される音が鳴り、カードキーが装置の溝から吐き出された。扉の向こうから、階段を下りていくジョナサンの足音が聞こえてくる。


「お、おい、待て! 待てよ、ジョナサン!」


 リックは薄い戸袋の僅かな隙間に指を差し込み、こじ開けようとした。その姿に気付いた人々が訳も分からぬまま加わり、全員で力を合わせる。しかし、ひとたびロックされた扉はびくともしない。

 密集した人々の頭上に迫るヒメバチ。リック達の断末魔が地下室に木霊するのを背後に聞きながら、ジョナサンは眼下の部屋を燭台で照らした。


「おい! ムシバミども!」


 声を張り上げる。


「気付いてるんだろ、蟲が来た!」


 吊るされたカインの足元で項垂れるヒミコは目を閉じており、石にでもなったかのようだ。苛立ったジョナサンは階段を一気に駆け下りた。


「おい、起きろ! 目を開けろ!」


 ジョナサンはヒミコの口枷を引き千切り、その体を揺さぶった。ヒミコは瞼をゆっくり開き、ジョナサンを冷たく見つめる。口元には先刻の、不吉な薄笑いが浮かんでいる。


「……どうせ、ヒメバチが孵化したんでしょ? あの、トマスって人の体から……。あんたのご自慢の妹が、なかに招き入れちゃったってワケだ」


「うるさいっ! 何もかも、うまくいくはずだったんだ! リックは、ちゃんと武装してた! なのに一体、どうなってるんだ!」


「あら。あの筋肉バカも死んだの? おあいにくさま。得意げに甲冑を着込んでたけど、武器や鎧を持っただけでなれるほど、殺蟲師はお気楽な仕事じゃないの。だから忠告したのよ。死にたくなかったら、あたし達を解放しなさいって」


「黙れっ!」


 怒りも露にジョナサンはヒミコを突き飛ばすと、今度はカインを吊っている荒縄の結び目に手をかけた。だが、カインの全体重がかかっている結び目は堅く、なかなか解けない。


「……何してるの?」


 口元に嘲笑を浮かべて倒れていたヒミコは、ジョナサンがカインを解放しようとしていると気付き、声を上げて笑った。


「まさか、今更あたし達に助けを求めるつもりじゃないでしょうね」


「うるさい! 黙ってろっ!」


 ようやく結び目が解けた。意識のないカインの身体は床に落下し、ごろりと仰向けになる。


「起きろ! おい! 起きるんだ!」


 ジョナサンはカインの頬を何度も打つが、カインは白目を剥いたまま、目覚める気配がない。ジョナサンは薄笑いを浮かべるヒミコににじり寄った。


「こいつを起こせ! 外の蟲を殺させるんだ!」


「ずいぶん都合のいいこと言うじゃない」


「いいから、起こせ! 戦わせろ!」


「誰かさんのお陰で、全身の皮を剥かれた後なの。芋みたいにね。そんな状態で、蟲と戦えるわけないでしょ」


「じゃ、じゃあ、お前が代わりに戦え! お前もムシバミの端くれだろうが」


「まあね。あたしら補充師は師匠の仕事のサポートが主な任務だけど」


「なんでもいい! 短槍(こいつ)の使い方が分かるのか?」


「……使い方はね」


 ジョナサンは残っていた短槍を、倒れたままのヒミコの鼻先に差し出した。


「なら、やれ! 蟲が、扉のすぐそこまで来てるんだ! お前だって、まだ死にたくないだろう?」


「あたし、手を縛られてるんだけど。お忘れ?」


 ジョナサンは舌打ちしながらも、短槍の刃でヒミコの縄を切った。

 自由になったヒミコは軽く伸びをして立ち上がると、腕を回し、思い切りジョナサンを殴った。口の中が切れ、血が飛ぶ。ジョナサンは小さく悪態をつき、ヒミコを睨んだ。


「……気が済んだか? 気が済んだなら、ほら。やれ」


 押し付けられた短槍を、ヒミコは受け取らない。


「使い方が分かるって言っただけよ、あたしは。戦えるとは言ってない」


「なんだって?」


「だってあたし、まだ受肉してないから。あいにくだけど」


「……ジュニク?」


「ええ。受肉してないあたしなんか、あんたと同じ、ただの人間よ」


「じゃあ、さっさとそのジュニクってのを済ませろ!」


「あたしも、ずっと頼んでたのよ。なのに、そのうち、そのうちって、いつまで経っても一人前にしてくれなくってさ。こいつ」


 ヒミコは倒れたカインを顎で指す。


「そんな話はどうでもいい! とにかくジュニクするんだ。早く!」


「あのねえ……」


 鬱陶しげに頭を掻くヒミコの喉元に、ジョナサンは短槍の刃先を突きつけた。


「無駄話はもうたくさんだ」


 恐怖と焦りで血走った目で、ジョナサンはヒミコを睨む。ヒミコは肩をすくめた。


「……いいわ。教えてあげる。匠合の秘密に関する話だから、あたしから聞いたって誰にも言わないでよ」


「分かったから、さっさと話せ」


「殺蟲師の甲冑や武器は、自分、もしくは他の殺蟲師が殺した蟲の外殻から作られているんだけど……」


「だから、そんな事は私も知っている! そんな話じゃなく、この場を打開する方法を教えろと……」


「終いまで黙って聞くか、死ぬまで黙って待つか、どっちかにして」


 ぴしゃりと言われ、ジョナサンも口を噤んだ。


「蟲と戦うのに一番大事なのは、武器でも甲冑でもない。重要なのは、この二つの薬品と、その使い方よ」


 ヒミコは腰の巾着から短い筒のような物を二つ取り出し、床に置いた。円の中に×印が刻まれたものと、/の印が刻まれたもの。どちらも先端に針がついたポンプ式の注射器で、内に充填された薬剤を対象物に注入することができる。

 ヒミコはまず×印が刻まれた注射器をつまみ、ジョナサンに見せた。


「蟲を殺すには、この殺蟲液(ポジ)という薬品を使うの。これを体内に注入された蟲は、一瞬で全身が硬直して、即死するわ。しばらくして死後硬直が解ければ、外殻も筋肉も、人間の肌のように柔らかくなる。殺蟲師が使う武器や甲冑のほとんどは、こうして柔らかくなった外殻で鍛造(つく)られているわけ。で……」

 ×印の注射器を巾着に戻し、/の印が刻まれた方を指先でつまむ。


「柔らかくなった外殻を元通り、本来の硬度に戻すには、こっちの強化薬(ネガ)を使う。これを使えば、甲冑は蟲と同等の硬度になる。蟲の攻撃を跳ね返せるわけではないけど、蟲は全身がトゲトゲの凶器みたいなものだから、甲冑がなければ一分ともたずにズタズタにされるわ」


「その殺蟲液と強化薬、中身はまだあるんだろ? リックはさっき、すぐそこまで戻って来ていた。武器も鎧も、まだ近くにあるはずだ。それを全部使えば、蟲を殺せるんだな?」


「薬剤はある。装備もあるとして……でも、ここで問題よ。それはね、どっちの薬剤も『生きている蟲の生体組織』に触れなければ、効果が顕れないということ」


「しかし、現実に、このムシバミは生きた蟲の肉など身に付けて……」


 ジョナサンはハッとしてヒミコを見つめる。


「まさか……」


 ヒミコが頷く。


「そのまさかよ。カインだけじゃないわ。一人前の殺蟲師の肉体には、至る所に微少な蟲の生体組織が移植されている」


「蟲の生肉を……自分の身体に埋め込む?」


「簡単に言うと、そう。それが、受肉よ」


「そんな事をしたら間違いなく……」


「蟲化病になるわね」


「しょ……正気じゃない!」


「高い報酬の代償に、あたし達は命をかける。匠合はそういうシステムで成り立ってる組織なのよ」


 ヒミコは淡々と言う。


「ま、そういうわけで。受肉していないあたしと、あんた。今、ここで無事なのは、ただの人間二人ってわけ。あんたらが、カインを半殺しにしてくれた時点で、あたしらが蟲に立ち向かう術はなくなったの。お分かり?」


「そんな……」


「あなたが持っている短槍は、殺蟲薬を使わずに死んだ蟲の外殻でできている貴重な物よ。とっても高価なの。でも、あたしら一般人には宝の持ち腐れね」


「くそっ!」


 ジョナサンは短槍を怒りに任せて投げ捨てた。ヒミコは天井を仰ぎ見る。


「……幸い、この建物は本当に頑丈にできているわ。開拓戦の時は、重要な拠点だったのかもね。特にこの地下室はケージ並みの強度がある。逆に、ここに何かを閉じ込めていたのかも。ただ、建物が保っても、あたしらはここに蓄えられた食糧や水が尽きれば、それまで。干涸びて死ぬか、飢え死にするか……」


「わ、私はごめんだぞ!」


「同感。だから、蟲と戦うんじゃなく、ここから逃げる方法を考えるの」


「無理だ。扉の外は蟲でいっぱいだぞ」


「こういう砦にはね、ケージの外へ脱出するための抜け道が造られているものなの。ここにもあるわ。ただし、地下室(ここ)からは行けない。上の階の、あたしらを捕まえてくれた部屋の奥にあるわ」


「そんな話、私も聞いた事がないぞ。どうしてお前が知ってる?」


「書いてあったもの。村長が出てきた、あそこの扉に。緊急避難経路って」


「あの文字が読めるのか?」


「ええ」


 事も無げに言って立ち上がったヒミコを、ジョナサンは驚きと恐れの入り交じった表情で見つめる。


「あれは、旧文明の文字だぞ。まさかお前、匠合員のくせに禍学者なのか?」


「そんなわけないじゃない」


「なら、なぜあの文字が読めるんだ?」


「知らないわよ。才能でしょ。どうでもいい話は助かってからにして。行くわよ」


「ま、待て。一階にも蟲が何匹かいるぞ」


「それに関しては、幸運を祈るしかないわね」


「おい、そんな一か八かな雑な計画で、本当に助かるのか?」


「他に方法があるなら、そうすれば?」


「そうじゃなくてだな。どういう計画なのか全容と詳細を知りたいんだ。そもそも、ケージの外に出た後はどうするんだ? 村の外は外で、そこらじゅう蟲だらけだぞ。ろくな準備もなしに出たりしたら、それこそ……」


「なら、諦める? あなたがあたしに従いてくるのは勝手だけど、従いてこないなら邪魔しないで」


「行くさ! 行くに決まってるだろう! だが……くそっ。なんで、私がこんな目に……」


「鬱陶しいわね。死ぬ覚悟ができないなら、残ればいい。少しの間だけだけど、安全に生きられるから。あたしは、じわじわ死ぬのを待つなんて御免だわ」


 ヒミコは散乱した手荷物をまとめ、装備を整えた。部屋の片隅に放置されていた自分の背嚢を背負い、階段を上り始める。慌ててジョナサンがあとに続く。


「お、おい。あいつはどうするんだ?」


「あいつ? ああ」


 無関心に言い、気絶したままのカインを見下ろす。


「置いていく。あんな足手まといを連れてたら、誰も生き残れない」


 素っ気なく言い、ヒミコはジョナサンが掛けておいた扉の閂を外した。把手を回して解錠し、扉に手をかけ、軽く引く。少しだけできた隙間から外の様子を覗き見る。

 近くに生き物の姿はない。音もしない。

 ヒミコは音を立てないよう、ゆっくりと扉を開けた。足元に、ずたずたに喰い散らかされたリックの遺体。ヒミコはその側にしゃがみ込み、遺体をまさぐる。


「何をしてるんだ?」


 声を潜め、ジョナサンが言った。


「鍵を……カードキーを探さないと」


「そんなもの要らない。錠がかかるのはここの扉だけだ。他の扉に錠はない。急げ!」


 それを知っても、ヒミコは発とうとしない。


「おい、何をやってるんだ。ぐずぐずするな!」


「先に行けば?」


 焦るジョナサンを一瞥もせず、ヒミコはカードキーを探し続ける。待ちきれず、ジョナサンは廊下を駆け出した。


「……あった!」


 握り潰さんばかりに固められたリックの拳の中に、カードキーがあった。それを毟り取ると、床の読み取り機に挿し込む。


「……よし」


 施錠音を聞き、ヒミコは頷いた。これで内側から開けない限り、人も蟲も侵入できない。カインが目覚めても、中に蓄えられていた水や食糧で命を繋ぐ事ができる。それが尽きるまでに戻って来ることができなければ、カインは飢え死にだ。


「……そんな死に方、許さないんだから」


 そう言って、ヒミコはカードキーを懐にしまうと、ようやく腰を上げた。ジョナサンは早くも廊下の角を曲がろうとしている。ヒミコも追いつこうと駆け出した。

 最初の角を曲がる。廊下はまっすぐ続いている。蟲に出会わなかった幸運に感謝しながら一気に駆け抜けた。次の角を曲がれば、避難路のある円卓の部屋だ。


「ひ……っ!」


 先行していたジョナサンが悲鳴を飲み込み、足を止めた。目的の部屋の入り口の前で息絶えた骸に、それと同じぐらいのサイズに成長したヒメバチが留まっていたのだ。ヒメバチはジョナサンの微かな声も聞き逃さなかった。翅を震わせて天井近くまで舞い上がる。


「走れ!」


 向かって来たヒメバチに身を翻し、ヒミコは駆け出した。やや遅れてジョナサンも踵を返して走り出す。


「後ろを向くな!」


 ヒミコは前を向いて全力疾走しながら、背後を駆けるジョナサンに声を掛けた。


「だめだ、追いつかれる!」


 頭上後方に迫るヒメバチの機械的な羽音に、ジョナサンは戦慄する。見ろと言われても、振り返って見る勇気など持ち合わせていない。必死に駆け続け、走るヒミコのすぐ後ろまで追いついた。

 死にたくない!

 そう強く願ったジョナサンの脳裏に、まさに今、確実に助かる方法が閃いた。すぐさま、前を走るヒミコの襟首に手を伸ばし、力一杯引き倒す。


「う!?」


 瞬間、息がつまった。ヒミコはほとんど後ろに半回転し、背中から床に叩き付けられた。その脇を必死の形相のジョナサンが駆け抜けて行く。

 後頭部に迫る羽音に、ヒミコは振り返った。ヒメバチが迫る。戦う術はない。だが、


「ただじゃ喰われてやんないからね」


 ヒミコは巾着から×印のついた殺蟲液の注射器を取り出し、飛来するヒメバチに投げつけた。注射針は見事にヒメバチに命中したものの、外殻に当たってへし折れ、中の殺蟲液がヒメバチの顔にまき散らされた。昔はこれでも蟲を殺せたらしいが、現在は蟲に耐性ができてしまっているため、忌避効果さえほとんどない。 ヒメバチは一瞬だけ怯んだものの、再び翅を振って突っ込んで来た。

 ヒミコは歯を食いしばり、でこぼこの大兜を盾のように構え、突撃を待ち受ける。


「無茶するな」


 カインの声。目前まで迫ったヒメバチに対し、カインはヒミコを守るべく立ちはだかると、その左腕を前に差し出した。生け贄のごとく供されたそこに、ヒメバチは鋭い牙で噛み付く。二の腕、肘、拳……。


「あんた……」


 ヒミコはカインの背中に向かい、呟いた。カインの左腕に突き刺された、/が刻印された強化薬の注射器に気付き、舌打ちする。見れば、自分の腰巾着の口が開けられている。いつのまに抜き取られたのだろう。


「ちょっと! あたしの薬よ! 勝手に使わないでっ!」


 ヒミコの抗議に、カインは無言だ。


「駄目だって言ってるのに!」


 ヒミコは歯ぎしりし、それから肩を落とした。


「それだけは駄目だって、言ってるのに……」


「……問題ない。まだ、大丈夫だ」


 振り向かず答えたカインは、自らの左拳を喰い千切ろうと奮闘するヒメバチを見つめた。


「離れてろ」


 カインはそう言って、両の拳を握りしめる。


「やるぞ」


 刹那、その碧色の左腕が数倍に、肘から下は更にその数倍に膨張した。巨大化の衝撃をまともに受けたヒメバチの顎がひび割れる。亀裂は留まらずに延びて行き、ヒメバチの頭部は破裂、砕け散った。

 巨大化した左腕は碧色の燐光を発し、生き物が呼吸するように脈動している。それを床に引きずりながら、カインは廊下を進んで行く。

 角を曲がる。壁に留まって翅を休めていたヒメバチに向かってカインは左腕を振り上げると、その巨大な手の平で叩き潰した。体液も外殻も、ごちゃ混ぜになって壁に飛び散ったそれは、爆ぜたヒメバチの標本のようだ。

 同胞の危機を察した二匹のヒメバチが並んで飛んで来る。カインの左腕は図体に似合わぬ速さで動き、上空から突っ込んで来た一匹の触覚を空中でつかむと、それを振り回してもう一匹に叩き付けた。床に落下してジ、ジ、と震える翅を踏みつけ、そこに掴んだ一匹を鉄槌のごとく振り下ろす。同じ強度の外殻がぶつかったため、いずれもがへこみ、激しく損壊した。まだ痙攣しているヒメバチの片割れの頭部を握り潰してから、カインは肩越しにヒミコを見た。

 顔の左半分を覆っていた包帯が解け、左眼が露になっている。蟲のように無機質な、半透明の硝子玉のような瞳。それが左腕同様、碧色に輝いている。


「強化薬をくれ。ありったけ」


「駄目よ。バカ言ってんじゃ……あっ!」


 渋るヒミコから、カインは巾着袋を奪い取った。袋から強化薬の短筒を取り出し、腰帯に差す。突っ返された袋を受け取りながら、ヒミコはカインの碧色の瞳を睨みつけた。


「……本当に、大丈夫なんでしょうね」


「ああ。今は安定してる。さっきの地下室に戻れ。早く」


「死んだら承知しないから」


「ああ」


「あんたは、あたしがぶっ殺すんだから」


「分かってる。急げ」


 カインは走り去って行くヒミコを見送り、向き直った。

 壁伝いに三匹、空中に一匹、更に飛来した一匹を加えた合計五匹のヒメバチが群れをなし、カインに一斉に襲いかかった。

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