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巧妙に壁に見せかけられた隠し扉を通り、石の階段を下りると、だだっ広い地下室があった。小さな蠟燭が一つだけ灯されているため、明かりの及ぶ範囲だけが暗闇に浮かんでいるような錯覚を覚える。
実際、両手首を荒縄で縛られたカインは、天井から吊るされていた。それと向かい合う形で、後ろ手に縛られたヒミコが床に座らされている。冷えきった床が放つ冷気で、部屋は外気を凌ぐほど凍てついているが、ヒミコが何より 屈辱を感じるのは、自分の口に巻き付けられたボロ切れ……口枷だった。
「あなたが喋ると厄介なことが起こるようですから。我慢して下さいね」
微笑みかけるジョナサンを無視して、カインを正面から見つめる。カインは相変わらず緊張感のない、茫洋とした眼差しでどこを見ているのかもよく分からない。悔しがっているようでも、怒っているようでもない。
「……大丈夫か?」
問いかけるカインから、ヒミコは視線を逸らし、顔をしかめた。
「それでは、始めさせてもらいますね」
ジョナサンは吊るされたカインに近付くと、全身を眺め、体に触れる。
「この服はどういう仕組みになってるんですか? あなたが蟲と戦っている時には、もっと堅そうな……何と言うか、鎧のようだったはずですが……」
カインは答えない。反抗して意図的に答えないと言うよりも、どうでもいいといったふうだ。
「これは何ですか?」
甲冑に幾つか留め金がある事に気付いたジョナサンは、それを外してみたが、装甲自体は外れる兆しさえ見せない。
「これは飾りですか? どうやって着脱するんです?」
やはり答えないカインに嘆息し、ジョナサンはリックに顎をしゃくって促した。ヒミコの背後に立つリックが嬉々として拳を振り上げる。
「これは、あんたらが考えているような鎧じゃない」
即座にカインが喋った。ジョナサンがほくそ笑む。
「そうそう。最初から、そうやって素直に話してくれればいいんですよ。そうすればこれ以上、誰も傷つかずに済む」
リックは拳を開き、ヒミコの頭を乱暴に撫で回した。やたら黒髪をぐしゃぐしゃにしておいてから、にやりと笑う。
「さて。鎧じゃない、とはどういう意味ですか?」
「これは、僕ら殺蟲師にとっては皮膚みたいなものだ。簡単に脱いだり着たりできるようなものじゃない」
「ですが、私たちは、あなたの着ているそれが欲しいんですよ。何か良い方法がありませんか?」
ちら、とヒミコを一瞥したカインは、吊るされたまま肩をすくめた。
「剥がすしかない」
「やはり、そうなりますか」
ジョナサンは壁に立て掛けてあった平鈎を手に取った。カインがオオアリを仕留める時に、外殻の隙間に差し込むのに使った槍の柄だ。これも密かに回収していたらしい。大量の薪に紛れ込ませて運んで来たのだろう。
「これで蟲の外殻を剥ぎ取るんでしょう? それなら、あなた方ムシバミの甲冑も剥ぎ取れるはずだ」
「……かもな。そんな使い方はした事がない」
「では、試してみましょう」
ジョナサンは平鈎をカインの肋骨の上あたり、胸部と腹部の装甲の繋ぎ目にあてた。一息に刺し込む。
「ぐっ!」
身を抉られる激痛に、カインは歯を食いしばって耐える。ジョナサンが体重を掛けて平鈎を下げると、綿布を引き裂くような音をたて、カインの体から胸部装甲がもぎ取られた。
装甲に裏打ちされた柔らかい内部装甲には、剥がされたばかりのカインの皮膚が生々しくへばりついている。生皮を剥ぎ取られ、露になったピンク色の皮下組織に血の球が浮かび、滴り落ちていく。がらくたを解体しているかのように、ジョナサンはカインの腹部、腰部、背中、肩と、次々と甲冑剥がしを進めていく。苦悶するカインを見ても顔色一つ変えない。
「……これは外れないのですか?」
少し息の上がった声で、ジョナサンが訊ねた。
左腕だけ、装甲を剥がした内部に、他とは形状の異なる一回り小さい装甲が現れたのだ。色もそこだけ深碧で、硬く、妙に節くれだっており、まるで蟲の腕のようだ。これが、どんなに力を入れても剥がす事ができない。
「どうすれば外れるんです?」
問われたカインは、度重なる激痛に耐えかねて、とっくに白目を剥いて失神していた。カインが全く声を上げなかったため、今まで気付かなかったのだ。
「まあいい」
ジョナサンは休まず作業を続け、一時間ほど過ぎた頃には、あらかた装甲を外し終えていた。
「終わったか?」
目を瞑ったままリックが言った。途中から正視できなくなったのだ。
「ああ。終わった」
肩で息をしながら、ジョナサンが言う。目を開けたリックは、ほぼ全身の皮膚を剥がれ、体じゅうから血を流しているカインの無惨な姿を目の当たりにして、改めて息を呑んだ。
「……生きてるのか?」
「ええ。今のところ、おそらく。そんな事より、早速着てみては?」
「そ、そうだな」
床に散乱した血だらけの装甲を二人で集め、床に並べた。全てのパーツが揃っている事を確認し、リックは自分の服の上から甲冑の部品を身に付け、留め金で留めていく。サイズは少し小さいが、思いのほか弾力性と伸縮性があり、あらかた装着し終える頃にはリックの体にフィットしていた。最後に硬質の兜を被ると全身が隙間なく覆われた。
「こりゃあいい。見た目より随分軽いぜ。兜と靴以外は硬くねえんだな」
装着感を確かめるように、リックは跳ねたり、手を開いたり閉じたり、拳を振るってみたりした。
「やっぱり、そいつは外れねえのか?」
顎でカインの左腕を指し示すリック。
「ええ。いくら剥がそうとしても、びくともしなくて。まるで元々こういう腕だったみたいに」
「そんなわけないだろ。だが、まあいいさ。鎧のパーツは揃ってるんだ。こいつさえありゃあ、蟲どもなんざ怖くも何ともねえ」
「頼りにしていますよ」
「まかしとけって」
リックはジョナサンから短槍を受け取ると、それを血まみれの平鉤がついた柄に差し込んで長槍に換装した。槍を突き刺す型を何度か繰り返し、満足げに笑う。
「ちょっと、セレナのとこへ行って来る」
「そうですね。あなたのその勇姿を見れば、あれもきっと目が覚めるでしょう。誰を主人と呼ぶべきかをね。ただし
、優しく接するのが肝心ですよ。特に、傷心の女性には」
「おう!」
嬉しげに頷き、石段を駆け上がって行くリックに、ジョナサンも続く。
ふと、誰かの笑い声が聞こえた気がして、ジョナサンは足を止めた。つられてリックも振り返る。
「どうした?」
「いや。別に……」
「なんだよ。先に行くぞ」
さっさと階段を上って行くリック。残されたジョナサンは、短くなった蠟燭の灯で、階下の血に塗れたカインと、それを無表情に見上げるヒミコを照らした。
「……なにか言いましたか?」
問われたヒミコは、ジョナサンを静かな眼差しで見つめ返し、ただ、笑った。背筋に寒気を覚えたジョナサンは小走りに石段を駆け上がる。
ジュッ、と音を立てて燃え尽きた蠟燭が、不吉な煙を漂わせた。




