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15

 カインとヒミコは、村長の屋敷の前に来ていた。いつまで待っても現れない村長にしびれが切れ、こっちから赴く事にしたのだ。時刻は深夜。朝の早い農村の人間は、とっくに眠っている時間帯だ。頑丈そうな扉を無遠慮に叩こうとして、カインは手を止めた。


「……開いてる」


 並んで立っていたヒミコを背後に下げ、カインは用心深く扉に手をかけた。扉を軽く押すと、がらがらと音を立てながらスライドして開いて行く。灯り台には火が点いておらず、廊下は真っ暗だが、突き当たりの部屋の扉の隙間からは光が漏れている。


「……うさんくさいな」


 カインが呟いた時だった。


「だから、ごちゃごちゃ言ってねえで、セレナを俺に寄越せって言ってるんだよ!」


 部屋から怒鳴り声が聞こえた。リックだ。何かがぶつかり、割れるような音。


「ダメだ、リック!」


 今度はジョナサンの声。


「妹の気持ちは、私にだってどうしようもない」


「兄貴のくせに、妹に言う事を聞かせられねえのかっ?」


「説得はしてるさ。……だが、セレナはもう大人なんだ。私の言う事なんて……」


「自分だけ、あの生意気な小娘といい仲になるつもりか?」


「ヒミコさんの事か? あの人の事をそんなふうに言うな」


「のぼせ上がりやがって! ムシバミがうちの村の住人になるなんて、俺は絶対、絶対認めねえぞ、この野郎っ!」


「ぎゃっ!」


 鈍器で殴るような重い音に、ジョナサンの悲鳴が重なる。

 ヒミコはカインの脇をすり抜け、走った。廊下を一息に渡りきり、突き当たりの部屋に突っ込もうとしたところで、追いついたカインがヒミコの肩をつかみ、制止した。


「はなして!」


「下がってろ」


「いやっ」


 焦って暴れるヒミコを強引に引き戻し、カインは自身の手で扉を開けた。

 部屋は応接室らしく、大きな石造りの円卓と椅子が設置されていた。その円卓の上で、美しい金髪を真っ赤に染めたジョナサンがぐったりしている。そこに、手に赤く染まったクリスタルの瓶を持ったリックが馬乗りになっている。


「なんだ、てめえら! 邪魔するな!」


 二人に気付いたリックは立ち上がり、怒りに満ちた目で睨みつける。


「拘束して」


 ヒミコの言葉に、カインは素早く反応する。円卓に飛び乗ると、瓶を振り上げて威嚇するリックに対し頭を下げて突進し、リックの腰に抱きつきつつ、ジョナサンから引き剥がす。リックは無防備なカインの背を瓶で殴りつけようとするが、カインはリックと体を密着させたまま、膝を開き、深く腰を落としてリックの斜め後方にするりと回り込むと、両の太ももを抱え込むようにして持ち上げた。

 大柄なリックの体が軽々と宙に浮く。


「わ、わっ!」


 低い位置から足を掬い上げられると、人間はいとも簡単に転倒する。なんとか受け身を取ったリックは、固い石の円卓に頭を打ちつける事は免れたものの、背中を強打して痛みに呻く。

 殺蟲師としては今一つ頼りないカインだが、相手が普通の人間であれば物の数ではない。カインは汗一つかかず、無表情なままリックの頸に足をかけた。少し踏み込むだけで、リックの頸骨をへし折り、息の根を止める事ができる。


「そのまま待機よ」とカインに指示し、ヒミコは倒れているジョナサンに駆け寄った。


「大丈夫!?」


 真っ赤に染まった頭部の傷の具合を確認しようとした時、ヒミコはジョナサンに力強く抱き寄せられた。


「心配してくれてありがとう」


 ジョナサンはヒミコの耳元に囁くように言い、ヒミコの喉に短槍の刃を優しくあてがった。短槍は、カインが回収し損なった内の一振りだ。


「おっと、動くなよ」


 後ろ手に腰の短槍を抜こうとしていたカインに対し、ジョナサンは警告した。ヒミコの喉にあてた刃をほんの少しだけ引き、うっすらと血をにじませる。


「武器を捨てて、リックを解放してもらおうか。ムシバミ君」


 ジョナサンに促され、カインは指先で探り当てていた短槍を床に落とした。踏みつけていたリックの頸から足を退ける。リックは喉を摩りながらカインが落とした短槍を拾い上げると、その柄裏でカインの腹を殴りつけた。体を折って下がったカインの顔を拳で更に殴る。


「たっぷり礼をしなきゃな。おらっ!」


 首根っこを掴み、膝で蹴り上げた。カインの頬と口の中が切れ、血が飛ぶ。うずくまったカインをリックは何度も蹴り、踏みつけ続ける。


「やめろっ」


 叫ぶヒミコ。


「誰に言ってるんだ?」


 興奮したリックはヒミコに駆け寄り、その胸ぐらを掴んだ。


「小娘が! チビのくせに、ムカつくんだよ!」


 思い切り振りかぶり、ヒミコをビンタした。


「動くなっ!」


 叫んだのは、ジョナサンだった。身を撥ねさせて起き上がったカインが、今にもリックの首筋に噛み付こうとしていたのだ。振り返ったリックは、間近で見るカインの眼差しに戦慄した。感情のこもらない、だが殺す事を決めた眼。それはまるで蟲のような……。


「少しでも動いたら、この娘を殺す。本気だぞ」


 ジョナサンが言うと、カインは口を閉じ、どさりと床に腰を下ろした。


「そうだ、二人とも大人しくしていれば殺しはしない。身ぐるみ剥がせてもらうがね」


 ジョナサンは薄く微笑み、頬の腫れたヒミコを後ろ手に縛り上げ、床に転がらせた。


「どうだ、親父。うまく行っただろうが」


 自身もカインを手荒に縛り上げながら、リックが自慢げに言った。すると、赤い斜線に幾何学的な文字が書かれた奥の扉が開き、村長が現れた。血を流し、縛られたカインとヒミコを目にして、動揺を隠せない。


「リ、リック。ジョナサン。お前たち、何てことを……」


「黙れっ!」


 狼狽える村長を、リックが一喝した。幾重にも縛ったカインの背中を蹴り付け、床に這いつくばらせる。


「こいつらは俺たちから搾り取る事しか考えてやがらねえ。なら、俺たちがこいつらから搾り取って何が悪い!」


「じゃ、じゃが、お前、こんな事をして一体どうするつもりなんだ?」


「簡単なこった。こいつらの持ってる槍や鎧をいただくのさ。この装備があれば、蟲なんて恐れるこたあない。遠い村でも、もっと遠い村でも、色んな村と自由に、幾らでも交易ができる。どんどん豊かになれるぞ! ちょっとばかりの燃料や、おんぼろ雑器なんかの為に、俺達が精魂込めて育てた作物を、酒を、高慢ちきなクソッタレどもにくれてやる必要なんてないんだ!」


「し、しかし、こんな事がもしムシバミの匠合に知れたら、わしらは一人残らず殺されるぞ」


「それは無え。親父も聞いただろ? こいつらは任務でこの村に来たわけじゃない。ただの成り行き、予定外の行動だ、ってな。こいつらがいなくなっても、匠合は何処で何が起こったか、知りようがない。だから、匠合は動きようがない……だよな、ジョナサン」


 頭に塗りたくった赤砂の塗料を拭いながら、ジョナサンは自信ありげにうなずく。


「じゃが、万一……」


「うるせえな! いいから、じじいは引っ込んでろ! あんたの時代は終わったんだよ!」


 うなだれた村長が首から下げたカードキーが乾いた音を立てた。それをリックは提げ紐ごと千切り取る。


「たった今から、この俺が村長だ。明日は村の奴みんなの前で就任の宴をやる。武装した俺が、新しい時代を切り拓く記念日にするんだ。そして、俺は……」


「無理ね」


 ヒミコが口を挟んだ。頬が腫れている上、縛られたまま床に転がされたせいで声が出にくいが、なんとか絞り出す。


「ぜったい、許さないから……。覚悟しておきなさい」


「そんな恰好で何が出来るって言うんだ、芋蟲ちゃん。負け惜しみはみっともねえぞ」


 薄ら笑いを浮かべたリックは膝を折ってしゃがむと、ヒミコの髪を掴み、顔を上げさせた。カインがぴくりと反応するが、縄の縛は固く、動けない。ヒミコは眼球だけを動かして、ジョナサンとリックを交互に睨み付ける。


「なんだ、その目は? 惚れた男に裏切られて悔しいか?」


「……最後の忠告よ。死にたくないなら、あたし達を解放しなさい」

 リックは鼻で笑い、ヒミコの顔に唾を吐きかけた。

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