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ちょうど、その頃。
夜の帳が降りた村はずれは人通りがなく、冷たい静寂に包まれていた。
「誰かと思えば……。こんなところにおると、風邪をひくぞ」
大きな松明を手に見回りから戻って来た見張り番は、そこにいたセレナに優しく声を掛けた。
「……ここに居たいの」
ケージを隔てたトマスの手を握りしめ、開かない門扉の前に座ったまま、セレナが呟く。見張り番は悲しげにうなずき、松明をケージに立てかけた。空いた手を懐に入れ、水筒を取り出した。栓を抜き、中身の酒をくいっと一気に煽る。
芋から醸されるため独特の香りがあるが、慣れるとそれが堪らない。この村の地下水は良質なため味も良く、他の村と交易する時、村の産品の中で飛び抜けて珍重されるのが、この芋酒だった。少量ずつしかできない貴重な酒だが、冷え込む深夜の見張り番には、村からこの芋酒が支給されるのが習わしだ。もっとも、この年老いた見張り番は芋酒が目当てで、誰もやりたがらないこの役目を二十年以上続けているという筋金入りの呑ん兵衛だ。
「きっと大丈夫じゃ。無事、朝が来る。そうしたら、またいつも通り暮らしていける」
見張り番はセレナを慰めようと言った。
「……トマスが居ないなら、明日なんて来なくていい」
そう言って、セレナは星空を見上げた。ケージの一角に、人ほどの大きさの羽蟲が数匹群がっている。松明の炎が、通りすがりの空飛ぶ蟲を引き寄せたらしい。羽蟲たちは懸命に羽ばたくが、ケージはびくともしない。
昼夜を問わず蟲から自分たちの命を守る、村自慢の頑丈なケージ。それがこれほどまでに疎ましく感じる時が来るとは、セレナ自身、思いも寄らなかった。
蟲の攻撃に悠々と耐え続ける檻を、セレナ一人の力でどうにかできるはずもない。せめて粥の一口でも、と椀いっぱいの粥を持って来たのだが、トマスは食べるどころか、かたくなに口を開けようとさえしない。今、トマスのためにできる事と言えば、ケージ越しであってもトマスの側に居る事ぐらいだった。
「後で薪を持って来てやろう」
見かねた見張り番が申し出た。
「小さくても近くに焚き火があるのとないのとじゃ、随分違うからのう」
「ありがとう。じゃあ、お礼に、これ。体を温めるために持って来たんだけど」
セレナは持って来た包みを開き、小さな四角い酒瓶を取り出した。貼られた紙には不思議な文字が記され、絵や図柄が精巧に描かれている。
「お、おめえ、こりゃあ……」
「昔、リックに貰ったの。私は要らないからあげるわ」
ガラス瓶自体も珍しいが、中身入りとなると更に珍しい。酒瓶を受け取った見張り番は早速に栓を開け、香りを確認する。純粋な芳香が、鼻につんと抜ける。芋酒が泥水に思えるほど、洗練された、純度の高い酒だ。
ひとくち飲んでみる。喉から胃、腹にかけて火照りが広がり、全身に痺れに似た刺激が走っていく。
「……うまい」
見張り番は目を輝かせ、ウィスキーの瓶を煽った。




