13
夜が来た。
昼間に灼けた大地は、太陽が沈むや温もりを失い、気温も急激に低下する。
集会場の後片付けに戻って来た女たちを除いて、多くは家に戻ってしまった。決められた食事を摂り終えた以上、他にやる事もないと言ったところだ。
忙しく働く村女たちが行き交うのを横目に、申し訳程度に焚かれた火で沸かした白湯を啜るヒミコ。トマスの帰還により中断された交渉の再開を待っているのだが、村長が現れる気配はない。
カインは巾着から平べったい蟲を取り出した。天日に干し、カラカラになるまで乾燥させた、平蟲と呼ばれる殺蟲師たちの標準的な保存食だ。
短鎗の刃先を平蟲の外殻の隙間にぐりぐりと差し込み、手首のスナップを効かせて、背甲と手脚のついた腹甲の二つに割る。トゲトゲの手脚を取り除けば、乾燥させた肉は簡単に外殻から剥がす事ができる。
平蟲の肉を咀嚼しながら、二つ目の平蟲を解体し終えたところで、カインは自分を見つめる眼差しに気付いた。
家の柱の陰から、痩せ細った幼い少年が、顔を半分だけ覗かせている。
カインに見つめられた少年は、見つかった事に驚いて身を隠したものの、しばらくすると再び顔を覗かせて、恐る恐る近付いて来た。
「ムシバミって、ほんとうに蟲を食べるんだね」
カインは無言でうなずく。
「それ、おいしいの?」
カインは肩をすくめ、一口サイズに切った肉を口に運んだ。見た目は悪いが、薄い粥よりは何倍も美味い。肉を咀嚼するカインを、子供はまだ不信げに見つめているが、喉はごくりと生唾を飲み込んでいる。体は正直だ。
「かあちゃんが言ってたんだ。蟲には毒があるから、ぜったい食べちゃダメって。蟲を食べても平気なのは、ムシバミだけだって」
「毒蟲なら、蟲でもあの世行きだ」
「じゃあ、それは毒がないの? 僕が食べても平気なの?」
「さあ」
カインは薄く肉を削り、手渡した。
「……なんか、きもち悪いけど……」
「喰わないなら返せ」
伸ばしたカインの手から肉片を守るように、少年は背を向けた。衣服越しでも背骨とあばら骨が浮いているのが分かる。少年は舌先でこわごわ肉片を嘗め、それから少し齧った。噛むにつれ口内に広がる旨味に、その瞳が見開かれる。
「おいしい!」
肉片をまるごと頬張った少年に、カインは残りの肉も全て渡してやった。
「いいの?」
枯れた小枝のような指先で肉を握り、かじりつきながら、少年は嬉しげにカインの隣に腰を下ろした。カインを見上げ、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう」
今度はカインが驚く番だった。ムシバミになって以来、初対面でこんなふうに懐かれたのは初めてだ。少年はもらった肉を口いっぱいに頬張りながら、嬉しげに体を左右に揺らす。
「あとね、かあちゃんはね、もし蟲なんか食べたら、死ななくても病気になって、蟲になっちゃうわよって言うんだ」
「……蟲の肉を喰ったぐらいで、蟲化なんかしない」
「だよね。こんなに美味しくて、毒もなくて、病気にもならないんなら、みんな、蟲を食べればいいのに」
カインが巾着から新しい平蟲を取り出し、解体した時だった。
「きゃああっ!」
悲鳴が上がった。反射的に身構え、周囲を警戒するカインに向かって、後片付けをしていた村女の一人が、凄い剣幕で走り寄って来る。
「なにしてるのっ! うちの息子に変なもの食べさせないで、汚らわしい!」
母親は少年の手から肉をもぎ取ると、地面に叩き付けた。
「ほら、吐き出して、早く!」
母親は少年の口を開けさせ、喉の奥に指を突っ込み、飲み込んだ肉を一片残らず吐き出させようと必死だ。
「だめって言ってるでしょ! 蟲になってもいいの!?」
「で、でも、ムシバミのお兄ちゃんが、平気だって……」
泣きべそをかきながら言う少年の頬を、母親が引っ叩いた。
「ムシバミの言う事なんか聞くんじゃないの! ムシバミは蟲みたいなものだから平気なだけっ。まともな人間は食べちゃだめなのっ!」
大泣きしながら、少年は頷いた。
眉間に皺を寄せ、頭を振るヒミコ。地面に落ちた肉片を拾い上げ、砂を払い、無表情に口に入れるカイン。はっと我に返った母親は、硬直し、怯えた表情でカインとヒミコの様子をうかがう。
「気にしないで。いつもの事だから」
ヒミコの言葉に縛を解かれた母親は、深く頭を下げると、少年の手を引き、二人から逃げるように走り去って行った。母子の姿が見えなくなると、ヒミコは不快げに鼻を鳴らした。
「自分の子を、あんなに痩せさせて。あれで子供を守ってるつもりなのかしら」
「あの人なりに必死なんだよ」
「無知なだけよ」
ヒミコはカインから平蟲を奪い取り、荒っぽく噛み千切った。




