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 辺りが薄闇に包まれだした頃、村じゅうの人間が野ざらしの集会場に集まった。村の人間を救ってくれた恩人、カインとヒミコを会食でもてなそうというのだ。灼熱の昼が終わり、冷えきった夜がやってくるまでの間だけが、か弱い人間たちの唯一過ごしやすい時間帯だ。

 周りを見渡せば、用意された根菜入りの麦粥を、皆、旨そうに啜っている。

 カインとヒミコの前には大椀が用意され、粥がなみなみと盛り付けてある。この村の懐事情からすれば、これで精一杯の歓待なのだろう。

 粥を一杯だけ啜り、名残惜しげに匙を置く村人たちを尻目に、その何倍も大きな椀で食べているはずのヒミコは、お代りを連発した。その様子を、羨ましいと言うより恨めしそうに見つめる村人たちの、生唾を呑む音が聞こえて来そうだ。


「それぐらいにしとけよ。みんなの目が怖い」


 とっくに匙を置いたカインは、小声で隣席の弟子に注意を促す。しかし、当の本人は全く気にした様子がない。


「もてなしを受ける時は遠慮なんてするな。却って失礼だ。母さんが言ってたでしょ」


「限度がある」


 口の回りに大量の粒をくっつけたまま、ヒミコはフンと鼻を鳴らした。


「どうせ気味悪がられてるんだから、気なんか遣ったところで意味ないわよ」


 確かに、二人用に特別に用意された座卓には向かいにジョナサンが同席しているだけで、あとの村人たちは遠巻きに座しており、村の仲間を助けてくれた礼を言いに来るでもなく、到底、歓迎している雰囲気ではない。中には明から様に嫌悪の表情を向けて来る者さえいる。

 これでは集まった意味がない。ジョナサンは所在無さげに、頭を下げた。


「……申し訳ありません。礼儀知らずな連中ばかりで」


「いいの、いいの。みんな、大抵こんなもんよ。ムシバミに触られたら蟲になるとか、ムシバミは毒息を吐くとか、


 ムシバミは死んだら蟲になるとかね。ぜーんぶ根も葉もない噂だけど、それを頭から信じ込んじゃってるから。むしろ、そういう事を気にしないあなたが、ちょっと変わってるのよ」


「ヒミコさんはお心が広い。重ね重ね、御礼申し上げます」


 再び丁重に頭を下げるジョナサンに、ヒミコは「も、もう、だから、そういうのやめてよ」と匙を振って怒る。ほんのり頬が火照るのを自覚したヒミコは、慌てて話題を変えた。


「そ、そうだ。これ」


 ヒミコは懐にしまっておいた木の髪飾りを取り出した。隣席でカインが片眉を上げる。


「助けられなかったけど、トマスって人から頼まれたの。あなたの妹に渡してくれって」


「これは……」


 受け取った髪飾りを見て、ジョナサンは一瞬、眉をひそめた。


「セレナはトマスと婚約をしていたんですが、こんな事になってしまって」


「……お気の毒ね」


「ええ。ですが、あいつには何としてでも幸せになってもらいたくて」


「妹思いなのね」


「それはまあ、兄ですからね。妹の幸せを願うのは当然です。早くに亡くなった両親に代わって、唯一の肉親であるセレナに幸せな人生を送らせてやるのが、残された私の努めだと思っています。ですから、セレナが一刻も早く気持ちを切り替えて、新たに良い伴侶と一緒になってくれる事を願って止みません。トマスも本当に妹の事を愛してくれていたんなら、きっとそれを望んでくれると思いますし……」


「そう簡単に、気持ちは切り替えられないわよ」


「もちろんです。ですが、あいつもいつまでも若いわけではありませんから、幸運は逃げないうちに掴んでもらわないと……。そうだ。未練が残ってもセレナのためになりません。この髪飾りはヒミコさんがお持ち下さい」


「え? あたし、別に……」


「きっと似合いますよ、さあ」


 戸惑うヒミコの髪に、ジョナサンは優しく髪飾りを付けてやった。


「ああ、やっぱり。お似合いですよ、とても」


 にっこり微笑むジョナサンを、真っ赤になったヒミコはもう、まともに見る事さえできない。


「……ヒミコさん」


 ジョナサンは急に真剣な面持ちで言った。


「ヒミコさん、この村に留まっていただくわけにはいきませんか?」


 ヒミコが顔を上げた瞬間、ジョナサンがその手を覆うように両手で優しく握りしめた。驚くヒミコの前にひざまずき、その顔を見上げる。


「もう本当の気持ちを抑えきれません。一目見た瞬間、私はあなたに心を奪われました。ヒミコさんは私の運命のひとです。どうか、お願いです。ずっと私のそばに居て下さい」


「わー、ちょ、ちょ、ちょ、ちょいまちっ!」


 落日間際の太陽のように真っ赤になったヒミコは、慌ててジョナサンを制した。


「ヒミコさんは私がお嫌いですか?」


 寂しそうに問うジョナサンの眼は、灯火に照らされ潤んでいるようにも見える。


「い、いや、そういうわけじゃ。でも、その何て言うか、話が急すぎて。何を言われてるのか、何を言ったらいいのか分からないって言うか……」


「そうですか……」


 ジョナサンは悲しげに言った。カインをちらりと見て、


「……やはり、お二人は深い仲なんですね?」


「ちがう! 全然ちがう!」


 ヒミコはほとんど叫んでいた。


「カインとは、そんなんじゃないの! こいつは、あたしの師匠だけど、元は弟で。歳はあたしの方が下だけど、血が繋がってないからって誤解しないで。深い仲どころか、こいつ、あたしの母さんを殺したのよ? あたし、絶対こいつをぶっ殺してやるって決めてるんだから!」


 眼を丸くして驚くジョナサンに対し、しまった、という表情を隠せないヒミコ。気まずい空気が流れる中、沈黙を破ったのはジョナサンだった。


「あ。リックが来たようです。後ろからついて来ているのが彼の父親で、このケージの村長です。私はこれで失礼しますが……ヒミコさん、お話の続きは、また後ほど」


 一礼して席を立つジョナサンと入れ違いに、リックと、白い顎鬚をたくわえた老爺がカインとヒミコの卓へ真直ぐ向かって来た。リックは小馬鹿にした顔でヒミコを見下ろす。

 おかげで、ヒミコの上気していた顔が一気に冷めた。


「なんだ、お前みたいなチビに大人の話が分かるのか?」


「ええ、勿論。この程度の規模の村との交渉なら、あたしみたいな半人前でおつりが来るわ」


「なんだと? バカにしてるのか!」


「よさんか、リチャード」


 村長は老人らしい重みのある声で、気色ばむリックを嗜めた。首から下げた村長の証であるカードキーがきらりと光る。


「こちら、座っても宜しいですかな?」


「ええ、もちろん。あなた方の村が所有する席ですから」


 村長はほっほっと笑い、白い顎鬚を手で扱きながら、ヒミコの正面に腰を下ろした。リックは立ったまま腕組みし、ヒミコを睨み付けている。


「まずは村の者を代表し、うちの者を助けていただいた礼を言わせてくだされ。生き残ったうちの一人、このリチャードは、わしの息子でしてな」


 村長が言った。ヒミコはそれには何も応えず、


「お礼は言葉ではなく、形にしていただきたい」

 と言った。

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