第7話: 闇の子は光を演じる
将棋をしたことはあるだろうか。
将棋というのは、単純に言えば「王を先に殺した方が勝ち」のゲームだ。
だが、このゲームはそれほど単純ではない。
理由は二つある。
一つ目は、戦力の奪い合いだ。
相手の駒を取れば、それはそのまま自軍の戦力として再利用できる。敵の力を削りながら、自分の陣形を強化する。戦いの中で戦力が増殖していく構造だ。
二つ目は、成りである。
駒は敵陣へ到達すれば、別の存在へと変化する。弱い駒が条件一つで強力な駒へと化ける。盤面の奥へ進むほど、価値の法則そのものが書き換わる。弱者が強者へと化ける実に夢のある話じゃないか?
ここまで言えば分かるだろう。
将棋とは、力のゲームではない。
読みのゲームだ。
十手先、二十手先、時には百手先。
別の言い方をするなら、相手がいつ死ぬかを先に決めておくゲームと言い換える事ができる。故に将棋は面白い。
だからこそ面白く、だからこそ残酷な力量差が出る。
そして今の私は、その将棋で言うところの詰みの状態にいる。
私の魔法属性、闇。
それは発覚した瞬間、即処刑。
赤子である以上、抵抗も逃走も不可能。
あと数手で終わる、単純な詰将棋。
これが、将棋ならだ。
将棋はあくまでゲームだ。
ゲームである以上、ルールがある。
ルールがある以上、奪われた駒を裏切らせ謀反を起こさせるなんてことは出来ないし、王をそもそも配置しないで絶対に負けない状態にする事も出来ない……。
だが裏を返せば、ルール違反をすればどんな詰みの状況でも負けないし、なんなら勝ててしまう。
つまりこの状況でも何とかなる外法はあるということだ。
生まれ変わって数ヶ月で得た情報で私の思考材料は揃っていた。
ゆかりの言葉。
『元々あった綺麗な魂を、お前が犯した』
母の授業。
『人は生まれた時、一人一つの属性を持つ』
そして父。
エヴァンス・フォン・アークレイン。
複数属性保持者である例外の存在。
ここでまず私は母の授業での一人一つの魔法属性というのは一人=一つの魂なのではないか?と仮定する。
では、“一人”とは何かという定義を始めよう。
例えば結合双生児という一つの身体に頭が2つある状態の病気がある。
この場合一人という事になるのだろうか?
一つの肉体に二つの頭部と意識を持つ存在。
この病気は一つの受精卵が分裂する際、完全に分かれきらずに不完全な分裂となった結果、体が結合したまま成長することで発生するからだ。
つまり元々一人の人間が別れて産まれたと考えれる。
もっと言うなら結合双生児は一卵性双生児にのみ起こる。
一卵性双生児とは遺伝子がほぼ同じで顔や体つきがとても似る。更に性別は必ず同じと言われている、何故なら1つの受精卵が途中で2つに分かれてできる双子だからだ。
私の仮定が正しければ恐らく、一卵性双生児は魔法属性が同じ筈だ。何故なら魂が元々一つだから。
そして次に、この体には元々魂があった。それはゆかりの発言からも分かる。その元々あった魂を私の魂が犯した……つまり上書きした。
魂に質量があるのかは甚だ疑問だが、私には今二つ分の魂が宿っていると考えられる。
そんな私は例外足りうるのではないだろうか?
そう考えた瞬間、盤面が反転する。
この身体には、元々魂があった。
そこに私の魂が“上書き”された。
理屈は成立した。
だが、ここで危惧すべき事が一つある。
元々あった魂は私の魂ではない為、支配権が及ばず自由に扱う事ができないという可能性だ。だが、ゆかりは犯したと言った。別の言い方をするなら上書きしたということ、それ即ち統合したと言っても過言では無い。
統合とは二つ以上のものを合併して一つにまとめる事を指す。故に元々あった魂は今はもう合併し私の魂となったはずだ。
だから問題無く使える筈……。
こういうものは幾ら理屈を捏ねても、結局は実験をして、トライアンドエラーを繰り返すしかない。
そして実験に移る。
魔法発動時、私はいつも“蛇口”をイメージしている。
ハンドル=魂。
ハンドルを回す=魔力を伝道させる。
蛇口から水が出る=魔法を放つ。
今回、そのイメージを少し変える。
一つのハンドルではなく、二つのハンドル、ツーバルブ混合栓へと。
冷水と温水、それぞれのハンドルが独立している構造。
今まで回していたのは“冷水側”、私の魂側だ。
それを意識的に逆側へと移す。
私の魂に上書きされた元々あった魂に意識を向け、ハンドルを回す。
瞬間、世界が切り替わる。
そして私の掌の上には光が生まれた。
火でも水でも風でも土でも雷でもない。
温かく、優しく、触れたものを傷つけない光。
「きゃー!!綺麗♡♡」
横から弾ける声。
ゆかりが身を乗り出している。
「ゆかりん、それ好き!」
私は黙って観察する。
成功だ。
しかもこれは守護系統の光属性。
これは当たりだ、棚から牡丹餅とは良く言ったものだ。
この魔法は聖女様と重んじられる程の清くて美しい魔法だ。
それでいて実用性も抜群。何より怪我をしても直ぐに治せるという所がいい。人体実験の幅が広がる。
私が上書きした魂は当たりだ、それも大当たり。よほど高潔で優しい魂だったのだろう。だが、私という醜い魂によって自我が芽生える間もなく呑み込まれてしまった。
人はこういった時、悲しんだり、自己嫌悪をするのだろうか?
今私にある感情は悲しみでも怒りでもない、喜びだった。
◇
私が小学生だった頃、近所の公園にはミミという人懐っこい猫がいた。
学校ではいじめられ、家庭環境は最悪で家にも居場所が無かった私は、夜遅くまで一人で公園にいることが多かった。
そんな時、決まってミミが私のそばへやって来た。
ボールもおもちゃもいらない。ただ隣に座ったり、足元に身体を擦り寄せたりするだけだったけれど、それがたまらなく嬉しかった。
誰かに優しくされた記憶がほとんどなかった私にとって、ミミは初めて無条件の温もりをくれた存在だった。
私はいつしか、ミミを家族のように思うようになっていた。
ある夏の日だった。
その日の虐めは何時もより長く、苦しかった。
強い日差しに熱せられた地面は焼けるように熱く、私はそんな中、公園で同級生たちに囲まれ、リンチにあっていた。
頬は殴られるたびにじんじんと痛み、何度も殴られた私はボロボロだった。
「キモいんだよ!」
拳が振り下ろされる。
「死ね!!」
罵声が飛ぶ。
苦しくて、痛くて、それでも私はただ黙っていた。
ふと顔を上げると、西の空が真っ赤に染まっていた。
殴られながらも、私はぼんやりと綺麗だな、と思った。
そして次の一撃が飛んでくる。
振り上げられた拳を見て、私は思わず目を閉じた。
けれど――
いつまで待っても衝撃は来なかった。
不思議に思い、ゆっくりと目を開ける。
そこにいたのは、私ではなかった。
私を庇うように前へ飛び出し、小さな身体でその拳を受け止めたミミだった。
夕日に照らされた白い毛並みが赤く染まって見えた。
ミミは震えながらも私の前に立ち、まるで「大丈夫だ」と言うように、相手を睨みつけていた。
「どけよ、この猫!」
怒鳴り声が響く。
だが、ミミは動かなかった。
私を庇うように前へ出たまま、小さな身体を精一杯大きく見せている。
相手が一歩近づくたびに、ミミは唸り声を上げた。
何度追い払われても。
何度転ばされても。
ミミは逃げなかった。
私の前に立ち続けた。
「しつこいんだよ!」
苛立った声が飛ぶ。
そのたびにミミの身体は傷つき、白かった毛並みは汚れていく。
それでもミミは立ち上がった。
足を震わせながら。
息を切らしながら。
何度でも。
何度でも。
私は動けなかった。
助けたいのに。
止めたいのに。
恐怖で身体が固まり、声さえ出せない。
ただ見ていることしかできなかった。
そして――。
ミミは最後の力を振り絞った。
ふらつく身体で前へ飛び出し、必死に威嚇する。
その気迫に気圧されたのか、いじめっ子たちは顔を見合わせた。
「だっる、飽きたわ」
「行こうぜ。」
吐き捨てるようにそう言うと、彼らは去っていった。
夕暮れの公園に静寂が戻る。
風が吹いた。
さっきまで響いていた怒鳴り声が嘘だったかのように。
「ミミ……?」
私は震える足で近づいた。
ミミは少し離れた場所に横たわっていた。
私はその場に立ち尽くした。
頭の中が真っ白になる。
理解したくなかった。
ついさっきまで私を守ろうとしていた背中が。
どんな相手にも怯まずに立ち向かっていた小さな身体が。
今は地面の上で静かに横たわっている。
「ミミ……」
呼びかけても返事はない。
夕日だけが赤く差し込み、ミミの身体を照らしていた。
私は愕然とその姿を見下ろした。
胸の奥が冷たくなっていく。
何かを叫びたかった。
駆け寄りたかった。
けれど身体は動かなかった。
ただ呆然と立ち尽くしながら、私は初めて理解した。
ミミは、自分を守るために戦ってくれたのだと。
その小さな命を削ってまで。
私は無理矢理身体を動かして近くに駆け寄った。
そして私を見てゴロゴロと鳴くミミの頭を、近くにあった岩で叩き潰した。
辺りには肉が飛び散り、血が水溜まりのように溢れでる。
完全に息絶えたミミを見て、私は涙が止まらなかった。でもこれで私は●●を永●●●せ●よ
彼はそう言って泣きながら笑った。
◇
さて、これで“闇”を覆う外装は揃った。
だが安心はできない。
属性の判定方式が不明だ。
発動時の魔法を解析するのか。
保有している魔法そのものを見るのか。
情報はまだ足りない。
詰みは、消えていない。
だが計測時の魔法のみを解析するんだとしたら偽る事が可能だ。
生きる希望は残っている。
そして私は光を握りつぶした。




