第6話: 最悪の適性
あの日から、母は私に魔法を教えてくれるようになった。
赤子のマーリンが起きている時間。
そして母に余裕がある時だけ。
少しずつ。
何度も。
赤子でも理解できるように。
いや、普通の赤子なら理解できないのだが。
「魔法には五大基本属性って言われるモノがあるの」
母、シャーレイ・フォン・アークレインは微笑みながら言った。
「火、水、土、風、雷」
「人は生まれた時に、その中から一つだけ属性を持つの」
私は黙って聞く。
「ただし例外もいるわ」
母はくすりと笑った。
「パパみたいにね」
エヴァンス・フォン・アークレイン。
私の父。
王国最強と謳われる黄金の英雄。
彼は黄金の英雄と呼ばれているが高価な物を好んでいる訳では無さそうだ。
実益があり、尚且つ彼のセンスに刺さった物を身につける。
前世では、高い物を持つ事がステータスのように考え、意味もなくブランド物を買う者も居たが人の価値というモノは持ち物に依存しない。
立ち振る舞い、礼儀、思考、人の価値というモノは常に内側にある。
だが、彼らはコレに気づかない。
故に彼ら低所得者達は社会にとって良いカモとして扱われる。
指輪などが良い例だ。
「ダイヤモンドは永遠の輝き」これはマーケティングの一種だ。そもそもダイヤはそこまで希少な石ではない。
それを愛と結びつける事、供給を絞り希少な石のように見せ、給料三ヶ月分という固定観念を作り出す。
何とも上手いやり方だろう?
他には結婚式がソレだ。キリスト教徒でもない日本人が手間も時間も奪われる上に平均327万以上もかかるモノを人生で一回だけの大切な時間という売り文句で散財させる。ウェディングプランナー達は客から出来るだけ搾りとろうと考えている。
普通そんな事をすれば客は来ない、だが結婚式は別だ。何故なら客はリピート客ではなくその場限りの客。そして結婚式の値段なんて他人に言いふらしたりしないモノだ。
だからどれだけぼったくっても悪影響が無いのだ。
まあ、最近はそういった部分がネットの普及と共に広がり業績悪化しているらしいが……っと思考がブレてしまった。思考を戻そう。
「パパはね、特殊属性以外の全属性が使えるのよ?」
誇らしげにシャーレイは語った。
父は特殊属性以外全てを扱えるらしい。
本当に規格外の一言に尽きる。波長の合う者でなければ認識できない存在の精霊を当然のように“そこにいる”と認識していたし、流石は王国最強の英雄だ。
「複数属性を扱える人は本当に少ないのよ」
「世界全体を探しても片手の指で収まる程しかいないわ」
なるほど。
私は内心で記録する。
複数属性持ちは希少。
ついでに父は異常。
今後の研究に役立つ知識だった。
「それでね」
母は続ける。
「基本属性とは別に特殊属性があるの」
あの規格外過ぎる英雄ですら使えない特殊属性。
私は僅かに身を乗り出した。
「光と闇よ」
なるほど。
「光」がなければ「影」は生まれず、「表」がなければ「裏」も存在できない、陰陽互根みたいなものか。
「光属性は他の五大属性と違ってとても希少でね。王国全体でもほとんどいないわ」
私は小さく目を細めた。
希少。
それはつまり、戦力としても特別扱いされる属性ということだ。
母が静かに口を開いた。
「光属性は大きく二つに分かれているの」
そう言うと、人差し指を一本立てる。
「一つ目は守護系統。主に治癒魔法と結界魔法を扱うわ」
優しく柔らかな口調で説明を続ける。
「治癒魔法は、光の魔力によって肉体の回復を促進する魔法よ。傷を塞いだり、出血を止めたり、病を癒やしたりできるの」
便利な魔法だと思ったが、母はすぐに補足した。
「ただし万能ではない。失われた部位を再生させることはできないわ」
なるほど。どれほど優れた魔法でも限界はあるらしい。
「結界魔法は、光の膜を形成して攻撃や呪いを防ぐ魔法よ。個人を守る小規模なものから、街全体を覆うような大規模なものまで存在するわ」
そこで一度言葉を切る。
「どちらも人を守るための力だから、守護系統の光属性を持つ者は聖女様として重んじられることが多いわね」
そう言って二本目の指を立てた。
「そして二つ目が攻撃系統」
声色は変わらない。
「代表的なのは光線魔法と高速移動ね」
「光線魔法は、光の魔力を高密度に圧縮して放つ攻撃魔法よ。最大の特徴は速度。初速から最高速度、発動から着弾までの時間が極めて短く、回避は困難とされているわ」
続けてもう一つを説明する。
「高速移動は、光の魔力によって自身の性質を光に近づけ、その特性を利用して移動する魔法なの」
「光は全属性の中でも最速とされているわ。その性質を取り込むことで、術者は常識を超えた速度を得られるの」
母は事実を読み上げるような口調のまま締めくくった。
「この系統を持つ者は勇者様として重んじられ、」
「前回の魔王戦も、この属性持ち二人は凄い活躍だったのよ?」
とシャーレイは昔を懐かしむ様に言った。
単純に言えば
光属性は英雄向きの属性って所か?
だがそれはいい、私にとって問題は後者の闇属性だろう。
私がゆかりに放った魔法は、基本属性のどれにも当てはまらない、明らかに普通ではない魔法だ。
骨。
生成。
操作。
粉砕。
少なくとも火や水ではない。つまり、五大基本属性ではない魔法属性。
触れれば即死で相手に骨がないプラナリアみたいな生物、又はゆかりの様な精霊であるなら話は別だが、対人戦においては触れたら殺せる魔法だ。
最強と言っても過言ではない。
先程の光魔法にも当てはまらなかった事からどうやら私の魔法属性は最後の闇らしい。
私はいつになく真剣に母を見る。
母の表情が少しだけ真面目になる。
「そして闇属性」
それまで穏やかだった声が僅かに低くなる。
「これはね」
「持っているだけで罪なの」
…………え?
私は目を瞬いた。
存在そのものが罪……??
「歴代の闇属性保持者は皆、大災害を引き起こしたの」
「国を一夜で滅ぼした者」
「王を踏み潰して殺した者」
「国民の記憶を操り最悪の国家を作った者」
「数十万の若者を老人に、老人を若者に変えたモノ」
母は静かに言った。
「だから発覚した時点で処刑されるわ」
死刑か、随分とまあ……最悪な状況だな。
「あ、でも安心してね?」
母は慌てて付け加えた。
「闇属性は簡単になれるものじゃないから」
安心?全く安心できない。
簡単になれない?もうなってしまっている。
「闇属性になるには条件があるの」
(条件?)
もちろん口には出せない。
私は母を見る。
「十戒よ」
十戒。
その単語に私は反応した。
まさかとは思うが、母の口から語られた内容を聞いて。
私は完全に固まった。
『前提、わたしはあなたの主なる神である。
1.わたしのほかに神があってはならない。
2.あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
3.主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
4.あなたの父母を敬え。
5.殺してはならない。
6.姦淫してはならない。
7.盗んではならない。
8.隣人に関して偽証してはならない。
9.隣人の妻を欲してはならない。
10.隣人の財産を欲してはならない。』
最後まで聞いた私は確信した。
モーセの十戒だ。
前世と完全に一致している。
偶然とは思えなかった。
私は思考を巡らせる。
神。
魂。
転生。
精霊。
そして十戒。
この世界は私が想像していた以上に前世と繋がっているのかもしれない。
「今まで色んな実験が行われたのよ」
母は続ける。
「犯罪者を集めて十戒を破らせたりね」
実験。
その単語に少し親近感を覚えた。
「でも大半は堕天しなかった」
母は続ける。
「でも天才だけ」
私は固まる。
「歴史に名を残すほどの天才たちだけが、堕天するのよ」
母は静かにそう告げた。
その声音は穏やかなのに、なぜか背筋が冷える。
「現在確認されている堕天者は六人」
母は指を一本ずつ折りながら、その名を口にした。
「【怪人】ジョーカー・スマイルズ」
「【黒髭】エドワード・ティーチ」
「【霧裂】ジャック・ザ・リッパー」
「【血薔薇】エリザベート・バートリ」
「【麻薬王】パブロ・エスコバル」
どの名も聞くだけで不穏な気配を感じる。
だが、母の表情がわずかに曇ったのは次の瞬間だった。
「そして――その中でも最恐最悪と呼ばれているのが」
部屋の空気が重くなる。
「【犯罪卿】ジェームズ・モリアーティ」
その名が告げられた瞬間、窓の外を吹く風の音さえ遠く感じた。
母は真っ直ぐに私を見つめる。
「もし彼に出会ったら、何も考えずに逃げなさい」
「彼に出会った者たちは、皆こう語るわ」
母の声が妙に静かになる。
「――天使にも似た悪魔ほど、人を惑わすものはない」
ぞくり、と鳥肌が立った。
けれど次の瞬間、母はふっと笑みを浮かべた。
「まあ、そうそう出会うことなんてないと思うけどね」
さっきまでの緊張感を吹き飛ばすような気楽な口調だった。
「だから私は、闇属性って天才にしか扱えない力だと思っているの」
母は話を戻した。
「一応、闇魔法は呪いや弱体化を得意とする属性だとされているわ」
だが、と続ける。
「闇魔法は特に、契約した堕天者の性格や思想の影響を強く受けるの」
「同じ闇属性でも、全く別物になるわ。だから『闇魔法とはこういうもの』と一言で説明できないのよ」
なるほど。
火なら燃やす。
水なら流す。
風なら切り裂く。
そう単純な話ではないらしい。
母は満足そうに頷くと、柔らかな笑みを浮かべた。
「さて――」
「私が知っている五大基本属性と、特殊二属性の説明はこれで終わりかしらね」
そう言って、母は優雅に微笑んだ。
そして私は手に入れた情報を整理していた。
まず。
私は前世で解剖学者だった。
次に、人体実験をしていた。
そして、倫理観は研究の邪魔になると考えていた。
そして前世のモーセの十戒と一言一句変わらない、十戒。
私はそれを一つ残らず破っている。
殺人。
窃盗。
偽証。
冒涜。
欲望。
どれも研究の過程で経験済みだ。
結論を言えば私は堕天者候補どころではない。
闇属性界のサラブレッドだ。
「……」
詰んでいる。
本当に詰んでいる。
魔法が発覚した瞬間に死刑だ。
まだ私は何も研究できていない。
魂の正体も。
転生の仕組みも。
精霊も。
魔法も。
何一つ解明できていない。
なのに、死刑。
理不尽にも程がある。
「ふふっ」
母が笑う。
「やっぱり難しかったわよね」
違う。
難しいのはこれから先の人生だ。
「今日はここまでにしましょう」
優しい手が頭を撫でる。
暖かい。
心地良い。
そして母は私の額に口付けた。
「愛してるわ、マーリン」
そう言って揺り籠へ寝かせてくれる。
私は天井を見上げた。
闇属性。
発覚すれば処刑。
隠し通せば生存。
実に単純だ。
問題は、属性測定方法も分からない。
味方もいない。
情報もない。
権力もない。
あるのは赤子の身体だけ。
どう考えても絶望的だった。
「マーリン真剣でかぁいい♡♡」
横から楽しそうな声が聞こえた。
ゆかりだった。
私は無言で視線を向ける。
「えへへ♡」
嬉しそうである。
非常に腹が立つ。
だが、このまま何もしなければ死んでしまう。
私は大きくため息を吐こうとして。
赤子なので失敗した。
代わりに出たのは。
「あうぅ………」
情けない声だった。
だが。
それでも。
私は諦めない。
魂。
魔法。
精霊。
転生。
この世界には未知が溢れている。
研究者として。
それを解き明かさずに死ぬなど論外だ。
絶対に生き残る。
そして今度こそ夢を……叶える。
そう心に決めながら。
私は静かに目を閉じた。
その隣で、他人事のように笑う精霊の声が聞こえた。




