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解剖異 〜自らを解剖した男の転生記〜  作者: HIRO


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4/10

第4話: 運命の人

この世界に生まれて三ヶ月が経った。

春。

窓の外では草木が芽吹き始めている。

私は相変わらず赤子だった。

研究者としては最悪の状態である。

魔力は感じる。

体内を巡る流れも把握できる。

だが魔法にならない。

父が掌に生み出した炎。

あの現象を再現する術が分からなかった。

情報が足りない。

観察が足りない。

検証が足りない。

そして何より――

私は赤ん坊だ。

故に行動ができない。

この無力な肉体に苛立ちを覚えながら、私は天井を見つめていた。

その時だった。


「やっぱり!」

唐突な声。

私は反射的に周囲を見る。

だが誰もいない。

使用人も。

母も。

父も。

誰も。


「ゆかりんねー、ずっと思ってたんだー!」

声だけが響く。

幼い少女のような声だった。


「絶対可愛いと思ってたの!」

光が集まる。

まるで蛍火のように。

無数の光粒が空中で渦を巻き――

一人の少女になった。

私は息を呑む。

いや。

正確には呑んだつもりだった。

赤子の身体は思うように動かない。

少女は十二歳ほど。

鴇色と黄色が混じる髪を左右で結んでいる。

服装は異様だった。

ふわふわとした装飾。

幾重にも重なるレース。

まるで人形だ。


だが。

最も異様なのは瞳だった。

黒。

ただの黒ではない。

底が見えない渦を巻くような、黒い瞳。

覗き込めば落ちてしまいそうな深淵。

私は理解した。

人間ではない。

少なくとも生物ではない。

何か別種の存在だ。



「ゆかりんは存在と自我を司る精霊」


「綺麗なモノが大好きなの♡」

と少女は不気味なくらいに嬉しそうに笑った。






「ゆかりんは存在と自我を司る精霊」


「綺麗なモノが大好きなの♡」

と少女は不気味なくらいに嬉しそうに笑った。


次の瞬間。

目の前にいた。

私は驚く。

移動した様子が見えなかった。

「ねぇねぇ」

少女は私の頬をつつく。

「ゆかりんねぇ?ずっと決めてたの!」


何をだ。

そう考えた瞬間だった。

少女の顔から笑みが消える。

「ゆかりんのね」

ぞくりとした。


本能が警鐘を鳴らす。

前世でも感じたことがない。

絶対的な危険。

捕食者を前にした小動物のような感覚。


「モノにするって♡」

少女の指が胸に触れた。

激痛。

全身が裂ける。

骨髄を熱した鉄で掻き回されるような痛み。

「ああああああああああ!!」

叫ぶ。

止まらない。

呼吸ができない。

痛い。

苦しい。

助けて。

辛い。

痛い。

痛い。

痛い。


痛みで叫ぶ、そんな私を見ても嬉しそうに彼女は身体の中を蝕み続ける。


「あれー??」

少女が首を傾げる。


「……?あれ、おかしいなぁ、何でゆかりんのモノにならないの?なんで?なんで???」


私は理解した。

この存在は危険だ。

話し合いはできない。

理解も期待できない。


コイツはただの化け物だ。

人間の上位をいく存在。

コイツにとって人間など玩具に過ぎない。


「……ん?」

少女の顔が近づく。


「何これ」

ぞっとした。

痛みが和らぎ、次は身体の内側をまさぐられる様な気持ちの悪いねっとりとしたものになった、何かが身体の奥へ入り込んでくる。

脳よりも

心臓よりも

もっと深い場所。

魂をまさぐられる。

この分なら痛みの方がまだマシなのではないかと思うような気持ちになるが、逃げたくても逃げられない。この場の生殺与奪を握っているのは彼女だ。



「ふぅん」

少女が呟く。


「そういうことなんだ」

その黒い瞳が私を見つめる。


「汚い」

嫌悪。

明確な嫌悪。


「不快」


「不愉快」


「最悪」


「死ね」


「元々あった綺麗な魂を!」


「ゆかりんのモノを!お前が!」

心臓が止まりそうになる。

「犯した!!」


私は瞬時に理解する。

この肉体には本来別の魂があった。

私が転生した、結果として。

私はその魂の居場所を奪ってしまった。

そして、その元々あった魂こそが彼女の目的だったという事だろう。


鋭く冷たい瞳。前世含めても初めて味わう濃厚な殺気。このまま死ぬと頭ではなく本能が理解した。

「死ね!!!!!」

また身体の内側に激痛が走る。さっきよりも更に強い痛み。



体の内側で大量の虫が羽化し飛び立とうと身体を食い破ろうとする様な酷い激痛。


「あああ、!!ああああああ!!!!」

呼吸ができない。

心臓が止まりそうになる。

死。

確実な死。


このままでは終わる。

私は死ぬ。

再び。


ふざけるな。

私は死ねない。

まだ研究が終わっていない。

魂の正体も。

魔法の原理も。

何一つ分かっていない。

ここで終われるか。

これは私の身体だ。


私の人生だ!

私の研究だ!!

私の夢だ!!!!


奪わせるものか。

身体中の魔力をかき集める。

その魔力を全て循環させる。

身体の内側から壊されるなら、身体の内側で渦巻く魔力で応戦できると考えたからだ。


「ああ、ああああああああ!!!!」

痛い、苦しい。

だけど速く。

もっと速く!

限界を超えて、魔力を巡らせる。

すると、ばきっ。

身体のどこかが軋んだ音がした。


それでも止めない。


「あれ?」

少女が目を見開く。

初めてだった。

彼女が驚いた姿を見たのは。


私は叫ぶ。

声にならない叫びを。

魂そのものを叩きつけるように。

その瞬間。


バキッと骨にヒビが入るような音が聞こえた。

そして一つヒビが入ってしまえばそこから連鎖する様に…

「あああああー!!!!!(壊れろ!!!!粉骨支配(ドミネ・グラスパー))」

彼女の全身の骨という骨が砕けた。






「はぁ……はぁっ……あ、あぁ……?」

全身の骨が砕け、まともに動くことすらできないはずの彼女を見ながら、私は安堵できなかった。

何故なら彼女が笑っていたからだ。

それも、心の底から楽しそうに。


「いい……」

震える声で彼女が呟く。


「いいよ……」

その瞳が爛々と輝く。


「いいっ! すごくいい!!」

興奮に息を荒げながら、彼女は私を指差した。


「ゆかりん、君のほうが欲しい!!」


「甘くて綺麗で、清純な魂なんかより――」


「君の魂のほうが何百倍も価値があるの!!」


「あははっ! すごい、すごい!!」

彼女は壊れた体の痛みなど忘れたように笑う。


「こんなの初めて!!」


「君は穢れているのに、真っ直ぐ!!」


「汚れているのに、純粋!!」


「そんなのありえない!!」


「どうしてそんな魂になれるの!?」


「考えれば考えるほど分からない!!」


「理解できない!!」


「だから知りたい!!」


彼女の頬が紅潮する。

まるで熱病に侵された少女のように。

「――これが恋なんだね?」

うっとりとした声だった。


「ゆかりん、初めて恋をしたの!!」


「素敵……!」


「世界がこんなにも綺麗に見えるなんて!!」


「何百年も、何千年も色褪せていた世界が――」

彼女は震える指を私へ伸ばした。


「君のおかげで色づいた!!」

そして恍惚とした笑みを浮かべる。


「君だよ」


「君こそが――」


「ゆかりんの運命の人!!!」


全身の骨という骨が砕けているはずなのに、彼女の顔は信じられないほど喜色満面としていた。

普通の人間ならとっくに意識を失っている。

下手をすれば死んでいてもおかしくない。

それなのに彼女は幸福そうに笑っている。


まるで長い長い旅の果てに、ようやく探し物を見つけた子供のように。


「ねえ、ゆかりんと契約しよ?」


「あぅあぅあぁ?(契約?)」


彼女は砕けた身体を引きずりながら、ぞろりと顔を近づけてくる。

その動きは完全に虫のそれだった。


「契約っていうのはねぇ?」

うっとりとした笑み。


「魂と魂を結んでぇ?」

さらに距離が縮まる。


「永遠に離れられなくなることなの」


「あぅあぅあああ。(嫌に決まってるだろ)」

私は即答した。


こんな得体の知れない女と契約など冗談ではない。

魂の伴侶だの永遠だの。

どう考えても碌な結果にならない。

だから露骨に顔をしかめてそっぽを向く。

すると――


「可愛い……!」

恍惚。

まるで愛しい恋人を見るような目だった。


「そんな顔もするんだ……」

ぞくり、と背筋が粟立つ。


話が通じていない。

いや、通じているのに気にしていない。

拒絶すら好意的に解釈している。

それが何より恐ろしかった。

「でも大丈夫!」

彼女は満面の笑みで言った。


「そのうち絶対好きになってくれるから!」


「じゃあ、契約ー!!」

無理矢理顔を正面に向かせられ強引に唇が重なった。


強く激しく扇情的なキス。

触れた瞬間に、息が溶け合う。

視界が白く染まり、

自分と相手の境界が、一瞬だけ消える。

胸の奥に、熱い刻印のような感覚が残る。

目を開けると、互いの瞳の奥に同じ光が宿っていた。

死でさえも分かたれない魂の契約。

魂の奥深くで、静かに結び目が完成した。

「あうぅぅぁ(今日は厄日だ)」

次第に私は瞼が重くなり、世界から遠ざかる様に眠たくなる。

「これで君は永遠にゆかりんのモノだね♡♡」

そんな彼女の嬉しそうな声を聞きながら私は暗闇の中に溶けていった。

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