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解剖異 〜自らを解剖した男の転生記〜  作者: HIRO


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2/10

第2話: 死の先で見たもの

神経の切断は自らに施した。

全身麻酔なし。

動脈を避け、皮膚を切開し、一本一本神経を分離する。

触覚。

聴覚。

嗅覚。

味覚。

その全てを遮断し、最後に視覚だけを残した。

死の瞬間、人は何を見るのか。

魂は存在するのか。

その答えを得るためだけに。

私は自らを実験台にした。

モニターに映るのは無残な姿となった自分自身。

だが、その時だった。

視界の端に何かが映る。

それは光だった。

人の形をした、淡く揺らめく光。

私は震える唇を動かす。

「……ああ……」

見える。

見えている。

これが。

「これが……魂……」

直後、心拍停止。

脳波消失。

松岡禎丞は死亡した。

その死は誰にも知られない。

記録にも残らない。

ただ一つ。

この哀れな人間をずっと見下ろしていた“何か”を除いて。




視界が滲む。

身体が重い。

呼吸が苦しい。

何かがおかしい。

私は確かに死んだはずだ。

「あー……うー……あぅ」

言葉にならない。

発したつもりの言葉は意味を持たない音として漏れた。

思考も鈍い。

視界もぼやける。

頭が上手く回らない。

どういうことだ。

私は神経を切断した。

心停止も確認した。

生きているはずがない。

それなのに。

何故、意識がある?

何故、考えられる?

理解不能な状況に不安が膨れ上がる。

その瞬間。

「おぎゃあああああああ!!」

泣いた。

私は泣いていた。

止められない。

感情が暴走する。

まるで自分の身体ではないような感覚。

涙が溢れ、頬を伝う。

それを拭おうとして。

私は気付いた。

小さな手。

短い指。

未発達な腕。

どう見ても新生児だった。

(……まさか)

あり得ない。

あり得るはずがない。

だが。

現実は目の前にある。

(生まれ変わったのか……?)

私は再び生を得ていた。

完全な赤子として。

未知の世界で。


「奥様、可愛らしい男の子ですよ」

女の声が聞こえる。

誰かに抱き上げられた。

そして、一人の女性の顔が近付いてくる。

長い耳。

透き通るような肌。

美しいピーコックグリーンの髪。

人間ではない。

少なくとも私の知る人類ではない。

「小さくて……今にも壊れてしまいそう……」

女性は優しく微笑んだ。

その瞳には涙が浮かんでいる。

「生まれてきてくれてありがとう……私のマーリン」

そう言って額に口付ける。

温かかった。

それ以上のことを考える前に、私の意識は沈んでいく。

赤子の脳は思考を許さない。

眠気に抗うことができない。

最後に聞こえたのは女性の優しい声だった。

「どうか……あなたに精霊の加護がありますように……」





それからどれほどの日数が経ったのか。

正確には分からない。

赤子の身体はあまりにも不便だった。

空腹になれば泣く。

排泄しては泣く。

眠くなっては泣く。

気付けば一日が終わっている。

研究どころではない。

そんなある日のことだった。


「本当に可愛いな!!」

生まれて間もない私の頬を、誰かが嬉しそうにつついている。

うるさい。

それが私の第一印象だった。


赤子の身体は思うように動かない。

目もまだはっきりとは見えない。

それでも、その声の主がとんでもなく整った顔をしていることだけは分かった。

黒曜石のような黒髪。

太陽を思わせる黄金の瞳。

高い鼻梁と端正な顔立ちは、前世の芸能人と比べても別格だ。

さらに長身で引き締まった身体つき。

鍛えられているのは一目で分かるが、無駄に筋肉を膨らませているわけではない。

まるで英雄譚の主人公がそのまま現実に現れたような男だった。

その男、エヴァンスは、満面の笑みで私を見つめていた。


「顔はシャーレイに似てるが、髪の色は俺に似て黒髪だな!」


「よく見なさい、エヴァンス」

隣から呆れたような声が飛んだ。


私は視線を向ける。

そして思考が停止した。

美しい。

いや、それすら生温い。

孔雀の羽を思わせる鮮やかなピーコックグリーンの長髪。

光の加減によって青にも緑にも見える神秘的な色彩は、宝石を編み込んだようだった。

透き通るような白い肌。

吸い込まれそうな翡翠色の瞳。

芸術家が一生を費やしても描き切れないであろう完成された美貌。

長く尖った耳がなければ、人形だと思ったかもしれない。

彼女は間違いなく、私が前世も含めて見た中で最も美しい女性だった。

その女性、シャーレイが私を抱きながら微笑む。


「インナーの色を見なさい」


「ん?」


エヴァンスが首を傾げる。

シャーレイは私の髪をそっと持ち上げた。


「ほら」


「おおっ!!」


エヴァンスの声がさらに大きくなる。

「内側の髪がシャーレイと同じ色だ!!」


「そうなのよ!」

シャーレイの顔がぱっと輝いた。


「ちゃんと私の髪色も受け継いでくれたの!」

嬉しそうに私を抱きしめる。

どうやら私の髪は表面が黒で、内側がピーコックグリーンらしい。

なかなか派手な遺伝をしたものである。


「二色の髪を持つなんて、もう天才じゃない??!」


「ははは!! これは将来大物になるぞ!」

エヴァンスは豪快に笑った。


「この子も英雄になるかもしれないな!!」


「あんたみたいな黄金の英雄に?」


「ああ!」

エヴァンスは胸を張り、マーリンを抱き上げ天へと掲げる。


「マーリンも英雄と呼ばれるようになる!」

どうやら私の名前はマーリンらしい。


「旦那様、奥様」

控えていた女性が一礼する。


落ち着いた雰囲気のメイドだった。

「大変申し上げにくいのですが、あまり大きな声を出されますとご子息がお目覚めになりますので……」


「!!」

エヴァンスが目を見開いた。


「それは悪かった!!!」

全然声量が落ちていない。


「全然声が大きいままじゃない馬鹿エヴァンス!」

バシンッ!

綺麗な音が部屋に響いた。

シャーレイの手刀がエヴァンスの頭頂部に炸裂したのである。


「ぐっ!?」


「まったくもう!」


「す、すまない!」

そう言ってエヴァンスはマーリンをベットに寝かせる。


「貴方は素直というか馬鹿というか……」

シャーレイは呆れたようにため息を吐く。


するとエヴァンスは楽しそうに笑った。

「あはは!」

そして悪びれもなく言った。


「素直で馬鹿でも、絶世の美女と呼ばれるエルフの姫と結婚できたんだ。中々のものだろ?」

その瞬間だった。

シャーレイの白い頬がみるみる赤く染まる。


「……もう」

視線を逸らしながら小さく呟く。


「ばか……」


その声は甘かった。

先ほどまでの鋭さが嘘のように。

どうやら相当仲の良い夫婦らしい。

前世の知識から考えても、かなり恵まれた家庭環境と言えるだろう。

少なくとも家庭崩壊の心配はなさそうだ。



「それにしても」

シャーレイは私の頬を優しく撫でた。


「自分の子供ってこんなに可愛く思うものなのね」

その瞳は慈愛に満ちている。

エルフの姫ではなく、一人の母親の顔だった。


「シャーレイは子供が苦手だったものな!」

エヴァンスが笑う。


「昔は子供に話しかけられただけで――」

ギロリ。

鋭い視線が飛ぶ。

エヴァンスは即座に口を閉じた。

生存本能が働いたのだろう。


「……今でも不思議なのよ」

シャーレイは私を見つめる。


「この子が私から生まれてくれたこと」


「そうだな」

エヴァンスも穏やかな顔になった。


「子は生命の神秘だ」


「ふふ、そうね」

しばらくしてシャーレイが微笑む。


「あ、マーリンが笑っているわ」


「おっ、本当だ!」

エヴァンスが顔を近付けてくる。

近い。

とても近い。

「何か良い夢でも見ているのだろうか!」


「ふふ、本当に可愛い」


私は転生した。

確かに一度死んだはずなのに、こうして新たな身体を得ている。


脳も身体も別物。

それなのに記憶だけは前世のままだ。

もしこれを証明できたなら、人類史に残る発見になるだろう。


魂は存在する。

私はその証拠そのものなのだから。


だが科学は再現性を求める。


ある実験の話をしよう。

1907年に米国の医師ダンカン・マクドゥーガルが発表した話では魂の重さは21グラムとなっていた。


死の瞬間の体重変化を測定し約21.3グラム減少したとの報告が由来とされているが測定手法のずさんさ、サンプル数の少なさから科学的には否定されている。


科学というものは再現性がなければ証拠として扱う事ができない。


そして私の体験を第三者が確認することはできない。

もう一度死んで転生できる保証もない。

故に証明は不可能だ。

それでも。

私自身にとっては紛れもない真実だった。

私は死に、そして生まれ変わったのだ。

その事実に胸が熱くなる。


――そんな時だった。


「旦那様、お熱いところ誠に申し訳ございません」


メイドが頭を下げた。


「火の魔石が、もうゼロです」


「あはは!」


エヴァンスが頭をかく。


「それはまずいな!」


「エヴァンス!!」


シャーレイのこめかみに青筋が浮かぶ。


「何で火の魔石を買い込んでないの!!」


「金が無いからだな!」


当然のように言い切った。


バシンッ!


再び手刀が炸裂する。


「無くなったじゃないわよ!!」


「いてっ!」


「この前の魔物退治で王国から褒賞を貰ったでしょう!?」


「全部、屋敷の補修と冬越しの食料と使用人達の給料に消えた!」


「消えたじゃないのよ!!」


シャーレイが頭を抱える。


「どうするの!? 凍死するわよ!?」


「大丈夫だ!」


エヴァンスは自信満々だった。


「アキ、木材はあるんだろ?」


「はい、旦那様。トート様のご指示で十分な備蓄がございます」


「流石トートだろ?」


「で?」


シャーレイが冷たい笑みを浮かべる。


「火は誰が付けるのかしら?」


「それは俺がするさ!」


その瞬間だった。


エヴァンスの身体が淡く輝いた。


彼の内側にある何かが全身を巡る。


そしてーー


掌の上に炎が生まれた。


ボッ。


暖かな火が揺らめく。


私は思わず目を見開いた。


魔法だ。


どう見ても魔法だった。


前世では絶対に存在しなかった超常の力。


「!? 旦那様、室内で急に魔法を使うのはおやめ下さい!」


「こぉら!! エヴァンス!!」


シャーレイが叫ぶ。


「マーリンの近くで炎を出さないで!!」


「あっ、すまない!!」


再び制裁が下る。


黄金の英雄は妻の前ではとことん弱い様だ。


だが私はそれどころではなかった。


魔法。


確かに魔法が存在した。


この世界は、私が思っていた以上に前世の常識が通用しない世界らしい。


「では、旦那様此方へ、屋敷の各部屋に火をお願い致します。」


「ああ、ではマーリン俺は行ってくるな?」

と私にキスをして部屋を出ていった。




この世界は前の世界の常識が通用しない。

魔法もそうだが、私は産まれたばかりだというのに言葉が分かる。


それは言葉が全て日本語だからだ。

だが、この世界は異世界。

日本などあるわけが無い。

なのに言葉が日本語。

歪に出来ているこの世界は私が思っている以上に謎が多い様だ。


その一つとして新しく生を得てからずっと変な感覚が私の中にある。

身体の中を巡るような熱い何かだ。

これを使う事で先程の魔法のような事が出来るのだろうか?


くそ、情報が無さすぎる。

検証するにしろ、情報収集するにしろ、この赤子の身体では上手く動く事も叶わない。


この悶々とし気持ちを胸にしながら私は静かに微睡みへと身を委ねるのだった。

そしてこれから先の未来。

何かが起るという確かな実感と共にマーリンは再度眠りについた。

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