【安倍家】第九話 九日目の朝
「…………」
暗闇の中で、声がした。
『……聞こえますか?』
「…………」
『……もしもし?』
遠くで誰かが呼んでいる。
『……起きてください』
「……んん……」
悠太はゆっくりと目を開けた。
白い天井。
見覚えのない照明。
「…………」
しばらく天井を眺めていた。
「……どこや、ここ」
身体を起こそうとすると、全身に重い感覚があった。
「……いった……」
なんとか上半身を起こす。
周囲を見渡した。
広い部屋。
立派な家具。
自分が寝ていたものとは比べものにならないほど大きなベッド
「…………」
「……なんや、この部屋」
そのとき。
『やっと起きましたね』
「……ん?」
悠太は振り返った。
誰もいない。
「…………?」
『九日間も眠っていたんですよ』
「……え?」
悠太はもう一度、部屋を見回した。
「……誰や?」
『ここですよ』
「どこやねん」
『あなたの中です』
「…………」
悠太は黙った。
そして布団をめくる。
「……え?」
『何をしているんですか?』
「いや、なかゆーたやん」
『いませんよ』
「ほな、どこやねん!」
『ですから、あなたの中です』
「…………」
悠太はゆっくりと布団を戻した。
「……俺、まだ寝てんやな」
『残念ですが、起きています』
「……最悪や」
『なぜですか』
「おれの中で知らんやつが喋っとんねんぞ!」
『……まあ、そうですね』
「そうですねじゃないわ!」
悠太は頭を抱えた。
その拍子に、自分の手が目に入った。
「…………」
何かがおかしい。
悠太は自分の身体を見下ろした。
「……あれ?」
布団をめくる。
「…………」
「……俺、こんな身体やったっけ……?」
声の主が、少しだけ黙った。
『……そのことなんですが』
「……ん?」
『落ち着いて聞いてください』
悠太は眉をひそめた。
『あなたは、一度死んでいます』
「…………」
しばらく沈黙が流れた。
「……ん?」
* * *
その瞬間。
頭の奥で、何かが弾けた。
薄暗い廊下。
握りしめていたバット。
目の前に現れた、異形のもの。
震える手。
「ここは通さ――」
――ドッ。
「…………っ!」
悠太は息を呑んだ。
倒れた床。
霞んでいく視界。
すぐ目の前まで近づいてきた妖怪の顔。
「……あ……」
呼吸が速くなる。
『……大丈夫ですか?』
「…………」
悠太は震える手で胸を押さえた。
「……俺……」
『…………』
「……おれ、なんで生きてんや?あのバケモンみたいなんに殺されたはずやのに…」
『……はい』
悠太は俯いた。
「…………」
しばらくして、顔を上げる。
「……なあ」
『なんですか?』
「……シスターは?」
『…………』
「みんなは?」
返事がなかった。
「……なあ、どうなったん?」
『……すみません。僕にも、そこまでは分からないんです』
悠太は何も言わなかった。
ただ、掛け布団を強く握りしめた。
「…………」
「おれはなんもできやんかった、守れんかった…」
『…………』
『……悠太さん』
「……なんや」
『まずは、今の状況を説明します。時間がありませんので』
悠太はしばらく黙っていた。
そして、小さく頷いた。
「……うん」




