第七話 届かなかった手
ギシッ……。
食堂の外から、足音が聞こえた。
シスターは目を閉じた。
ゆっくりと息を吸う。
そして、子どもたちの前へ立った。
「……みんな、ここにいてね」
声は穏やかだった。
けれど、その顔からは血の気が引いていた。
「……シスター……?」
小さな子どもが尋ねた。
シスターは微笑もうとした。
しかし、そのときだった。
ガンッ!!
食堂の扉が、大きく揺れた。
「きゃあああっ!!」
子どもたちが一斉に叫ぶ。
次の瞬間。
扉が破られた。
食堂に、冷たい空気が流れ込む。
その向こうから、異形のものたちが姿を現した。
シスターは両手をかざす。
子どもたちを囲んだ結界が、淡く光った。
妖怪が近づいてくる。
結界に触れた瞬間、光が大きく揺れた。
「……っ!」
シスターは歯を食いしばった。
もう、ほとんど霊力が残っていない。
それでも、結界を維持し続けた。
パキッ……。
小さな音がした。
結界の表面に亀裂が走る。
「…………っ」
シスターはさらに力を込めた。
だが、亀裂は広がっていく。
パキッ、パキッ……。
「……お願い……」
彼女は小さく呟いた。
次の瞬間。
パリンッ――!
結界が砕け散った。
「いやあああっ!!」
子どもたちが泣き叫ぶ。
シスターは咄嗟に、子どもたちの前へ出た。
両手を広げる。
「みんな、下がって!」
妖怪が一歩、近づく。
シスターは残された力で術を放とうとした。
しかし――。
ドッ。
「…………っ」
その身体が崩れ落ちた。
「……シスター?」
一人の子どもが呟いた。
シスターは床に倒れたまま、動かなかった。
「……シスター……?」
返事はない。
妖怪が、シスターの魂へ手を伸ばした。
そのまま、喰らう。
「……いや……」
「シスター……起きて……」
「シスターあああっ!!」
子どもたちの泣き声が食堂に響いた。
妖怪はゆっくりと顔を上げた。
その視線が、食堂の隅に集まる子どもたちへ向けられる。
「…………」
一歩。
また一歩。
妖怪が近づいてくる。
子どもたちは身を寄せ合った。
逃げ場はなかった。
一体の妖怪が、小さなナオの前で足を止めた。
その子は震えながら顔を上げる。
「……いや……」
妖怪が腕を伸ばした。
その手が、子どもに触れようとした――。
その瞬間。
轟ッ!!
凄まじい霊力が、食堂を駆け抜けた。
妖怪の身体が弾けるように消えた。
「…………?」
子どもは目を見開いた。
今、目の前にいたはずの妖怪がいない。
続けて、別の妖怪も祓われていく。
一体。
また一体。
ほんの一瞬だった。
食堂に、静寂が戻った。
* * *
食堂の入口に、数人の人影が立っていた。
誰なのかは分からない。
子どもたちは、その姿を呆然と見つめていた。
その中の一人が、ゆっくりと子どもたちへ近づいた。
しゃがみ込み、震える子どもに手を差し伸べる。
「……もう大丈夫よ」
その言葉を聞いて、子どもの顔が歪んだ。
「……シスターが……」
その子は床を指差した。
そこには、シスターが倒れていた。
「……シスターが……!」
声を上げて泣き始めた。
ほかの子どもたちも、次々と泣き出した。
人影の一人は、床に倒れたシスターへ目を向けた。
「…………」
しばらく動かなかった。
やがて、そっと目を伏せた。
* * *
別の一人は、食堂の中を見渡していた。
生き残った子どもたち。
倒れたシスター。
壊れた結界の跡。
そして――。
ある一人の姿が、見当たらなかった。
その人物は、何も言わずに食堂を出た。
薄暗い廊下を歩いていく。
床には、争ったような跡が残されていた。
その先に、一本のバットが転がっていた。
「…………」
足が止まった。
バットのすぐそば。
そこに、少年が倒れていた。
「…………」
人影は、ゆっくりと膝をついた。
少年の身体を抱き起こす。
「…………」
すでに、息はなかった。
頬に触れる。
冷たかった。
何かを確かめるように、少年の身体へ手をかざす。
しかし、そこにはもう魂の気配すらなかった。
「…………っ」
少年を抱く腕に、力がこもった。
その人物は、しばらく動かなかった。
廊下には、もう床の軋む音も聞こえなかった。




