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第五話 約束

「……シスター?」

悠太が声をかけた。

シスターは結界のそばで、片膝をついていた。

額には汗が滲んでいる。

「ごめんなさい、今は集中させて」

「……しんどいんちゃう?」

シスターは少し驚いた顔をした。

それから、いつものように微笑んだ。

「大丈夫よ」

「……ほんまに?」

「ええ」

悠太は、その顔をじっと見つめた。

「……全然大丈夫そうに見えへんけど」

「ふふっ。心配してくれてありがとう」

シスターは悠太の頬にそっと手を添えた。

「でも、あなたたちはここにいてね」

「…………」

「お願い」

悠太は黙っていた。

そのすぐそばで、ハルキが泣いている。

その子は悠太の服を握っていた。

「……怖いよ……」

悠太はその子の手を握った。

「……大丈夫やって」

けれど、自分でも何が大丈夫なのか分からなかった。

ギシッ……。

また、廊下から音が聞こえた。

悠太は扉へ目を向ける。

「……なあ、シスター」

「なぁに?」

「……これ、ここまで来るんちゃうん?」

シスターは少しだけ黙った。

「……子供達にはふれさせない」

「…………」

「私が守るから」

悠太は結界を見つめた。

淡い光が、かすかに揺れている。

シスターの手も、わずかに震えていた。

「……俺、なんか手伝われへんのか?」

「だったら、みんなのそばにいてあげて」

「……それだけ?」

「ええ」

悠太は納得できない様子だった。

シスターはそんな悠太の顔を見つめた。

「……悠太」

「ん?」

「誰かを助けようとして、自分を犠牲にしないでね」

「……犠牲って、そんなつもりちゃうって!」

悠太は少し笑って答えた。

しかし、シスターは笑わなかった。

「……そんなつもりじゃなくても」

「…………?」

「駄目なの」

シスターは悠太の両肩に手を置いた。

「……お願いだから……」

その声は、かすかに震えていた。

「…………」

悠太はシスターを見つめた。

いつもなら笑ってくれるはずのシスターが、今は笑っていない。

「……シスター……」

シスターの両手が、小さく震えていた。

悠太は初めて、今の状況がどれほど危険なのかを感じた。

ギシッ……。

廊下から、また音が聞こえた。

ギシッ……ギシッ……。

さっきよりも近い。

「いやあああっ!!」

「シスター!! 怖いよ!!」

子どもたちは泣き叫んでいた。

誰かがシスターを呼び、別の子がその場にうずくまる。

「……っ」

シスターは悠太から手を離し、結界へ向き直った。

「みんな、離れないで!」

両手をかざし、子どもたちを囲む小さな結界に力を込める。

淡い光が、かすかに揺れた。

シスターの呼吸が荒くなる。

それでも、彼女は手を下ろさなかった。

ガンッ!!

食堂の扉が大きく揺れた。

子どもたちの悲鳴が重なる。

「…………」

悠太は、その光景を見つめていた。

泣き叫ぶ子どもたち。

震えながら結界を維持するシスター。

そして、廊下の向こうから近づいてくる、得体の知れない何か。

ギシッ……。

また音がした。

悠太はゆっくりと周囲を見渡した。

そのとき、壁際に立てかけられていた一本のバットが目に入った。

「…………」

悠太は結界の中から足を踏み出した。

壁際まで歩き、バットを手に取る。

ぎゅっ。

握りしめた手に、力がこもった。

「……何をしているの?」

シスターの声がした。

悠太は振り返った。

シスターが、結界を維持しながらこちらを見ていた。

「…………」

二人の目が合った。

悠太は少しだけ俯いた。

「……ごめん、シスター」

「……悠太?」

「でも俺……」

その先の言葉は、出てこなかった。

ギシッ!!

また音が近づく。

悠太は顔を上げた。

そして――。

走り出した。

「……っ! 待ちなさい!!」

シスターが叫んだ。

しかし、悠太は止まらない。

食堂の扉を開け、廊下へ飛び出していく。

「悠太っ!!」

背後から、シスターの声が響いた。

悠太は振り返らなかった。

そのまま、薄暗い廊下を走っていった。

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