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第四話 近づくもの

翌日。

孤児院の空気は、明らかに変わっていた。

朝から、シスターは何度も窓の外へ目を向けていた。

結界に生じる乱れが、前日よりも大きくなっていたのだ。

「…………」

シスターは門の方へ向かった。

その途中、見知らぬ人影が視界の端を横切った。

「……誰?」

返事はない。

彼女が足を速めたときには、もう姿が見えなくなっていた。

シスターは立ち止まった。

結界が、かすかに震えていた。

「……まさか……」

外から妖怪が近づいた形跡ではない。

結界そのものに、何かが仕掛けられている。

その可能性に気づいたときだった。

パキッ……。

小さな音がした。

シスターが振り返る。

孤児院を包んでいた守りが、大きく揺れた。

「……っ!」

彼女は急いで霊力を流し込んだ。

しかし、乱れは収まらない。

外側の結界に、亀裂が広がっていく。

シスターは歯を食いしばった。

「……駄目……!」

もう一度、力を込める。

だが。

パリンッ――。

何かが砕けるような音が響いた。

守りが、崩れた。

その瞬間。

それまで孤児院へ近づけなかったものたちの気配が、周囲に広がり始めた。

シスターは目を見開いた。

「…………っ」

もう、結界を張り直す時間はない。

彼女は振り返り、建物へ駆け戻った。

「みんな!!」

廊下に声が響く。

「食堂へ集まって! 急いで!」

* * *

「……え?」

悠太は顔を上げた。

ほかの子どもたちも、突然の声に驚いていた。

「シスター?」

「どうしたの?」

「いいから、みんな食堂へ!」

いつもとは違う声だった。

悠太は周囲を見回した。

「……なんや?」

シスターの表情を見て、悠太も立ち上がった。

「おい、行こ!」

子どもたちが次々と廊下へ出る。

小さな子の手を引く者。

不安そうに後ろを振り返る者。

悠太も年下の子どもたちを連れて、食堂へ向かった。

最後の一人が入ったことを確かめると、シスターは扉を閉めた。

「……シスター」

「みんな、こちらに集まって」

子どもたちを食堂の一角へ寄せる。

「どうしたの?」

「何かあったの?」

シスターは答えなかった。

代わりに、静かに両手を合わせた。

「…………」

残された霊力は、ほんのわずかだった。

毎日張り続けていた結界。

そして、子どもたちに渡したお守り。

彼女はすでに、相当な力を使っていた。

それでも、今ここにいる子どもたちを守らなければならない。

淡い光が生まれた。

ゆっくりと広がり、集まった子どもたちの周りを囲んでいく。

食堂全体を覆うほどの力は残っていなかった。

子どもたちが身を寄せ合っている場所だけを包む、小さな結界。

シスターは大きく息を吐いた。

額に汗が浮かんでいた。

「……みんな、この中にいてね」

* * *

ギシッ……。

廊下の奥から、床の軋む音が聞こえた。

子どもたちが一斉に顔を上げる。

ギシッ……ギシッ……。

少しずつ近づいてくる。

「……シスター」

トキが、震える声で言った。

「……何か来る……」

その言葉を聞いて、小さな子が泣き始めた。

「やだ……」

「怖いよ……」

「シスター……」

悠太は食堂の扉を見た。

何も見えない。

だが、確かに何かが近づいてくる音がした。

「……なんやねん……」

* * *

悠太は、ふと顔を上げた。

「……ん?」

何かが温かかった。

さっきまでとは、空気が違う。

まるで、誰かに優しく包み込まれているような、不思議な感覚。

悠太は自分の周りを見渡した。

子どもたちを囲む淡い光が、かすかに揺らめいている。

「……なんや、これ……」

不思議に思い、そっと手を伸ばした。

指先が、その光に触れた瞬間。

ドクンッ――!

「……っ!?」

突然、胸の奥が大きく脈打った。

悠太は思わず胸に手を当てた。

「……なんや、今の……」

痛みはない。

ただ、何かが身体の奥を通り抜けたような感覚が残っていた。

ギシッ……。

悠太は顔を上げた。

姿は見えない。

けれど、さっきまでとは違う。

廊下の向こうに、何かがいる。

その気配が、はっきりと感じられた。

「…………」

悠太は食堂の扉を見つめた。

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